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社会福祉士の私が昨年の受験体験記を書き留める

はじめに

 最初に、この記事を書こうと思った理由を記しておく。まずは単に自分のための備忘録である。それから国家試験シーズン直前なら記事閲覧数も伸びやすいのではという色気もあって、たしか先月から書き始めたのだが、結局試験後の公開になってしまったので、そちらは意味が半減してしまった(本日受験された方、おつかれさまでした)。学習の過程から現在に至るまで、私のなかでひとつの宿題となったのは「自分を知ること」である。そのことを書き留めておくための記事である。
 また私自身受験をするにあたって、社会福祉士に興味を持つ人達というのはどういうパーソナリティの人達なのだろうと興味はあり、そしてネット上には思ったよりも体験記が少ないのだなと感じていたため、同じような関心を持つ人にとってひとつのサンプルになるかもしれない、という勝手な期待はある。

受験手続き

 簡単に受験の経緯を記しておく。私は昨年度(第35回)の試験を受けて合格した(初受験)。
 もともと勉強が苦でない(この試験のように記述や面接がない、知識重視のテストならばなおさら)質なこともあるが、試験本体以上に、受験資格を得るための準備にかかる時間やお金、それらを捻出できる環境にあるかどうかが試される制度だと感じた。学生の時の私はまったく環境への感謝もへったくれもなかったが、大人になってから勉強して思ったのは、そこそこ信用のある資格を得るためには、ある程度の巡り合わせや恵まれ、ないしは努力が必要なのだなということだった。
 私の場合、受験資格要件は、公式の資格取得ルート図でいうと第3号のパターンで満たした。働きながら一般養成施設(通信制の専門学校)で1年半のカリキュラムを修めた。また実習については、実務経験1年以上のため免除された(見込みの方についてはその旨を入学希望時に書類で提出する必要があるのではないかと思うが詳しくは各自学校へ問い合わせてください)。
 私と同じルートで資格を取得する場合、国家試験本番の2年度前の12月ぐらいから専門学校への入学申込などの手続きをすることになるのではないかと思う。私は翌年度の4月から入学、さらに翌年度9月末に修了、約4ヶ月間の自習や模試を経て(各学校でこの期間の試験対策講座も提供されている)、2月の国家試験を迎えた。

受験とかの費用

 それから「専門実践教育訓練給付金」という、資格取得者を増やすために国が出している給付金制度があった。これは学費のうち、課程を修了して50%、卒業後に試験に合格して70%にあたる金額が受け取れるものだった。小さくない金額であるので、利用しない手はない。受給申し込み手続きのためハローワークに何度か行く必要がある。私は申し込み書類を揃える過程で、所定の様式に自分の簡単な履歴を記した書面を作成しキャリア面談(1時間もかからない、15分くらいだったかもしれない)を受ける必要があった。これは最初に貰ったハロワの資料には書いていない過程だったし平日に行ったため、仕事をなかなか休めない人や書類を揃えるのが苦手な人のなかにはここで受給を断念する人も存在するのではないかと感じた。また受給のタイミングも4回に分割されていたのだが都度ハロワに行かないといけない。
私の場合、入学手続きから資格取得後の手続きまで(大学の卒業証明書発行から社会福祉士の登録費用まで)すべてひっくるめて、また給付金の金額をさっ引いて、かかった金額は約22万円だった。

学習について

 学校のカリキュラムが始まると、ほとんどの時間を占めるのは(通信制なので当然だが)教科書とドリルを使った自宅学習である。そして簡易テストやレポートの課題提出、数度のスクーリング(教室での授業)を経て基礎的な学習を行う。スクーリングについてコロナ禍での学習だったので、グループワークにかなりの制限がかかり、通学することのメリットはかなり減じていたと思う。
 社会福祉士試験の特徴は科目の幅広さにある。20科目の中央法規テキスト全巻ぶんの厚みを測ってみたら45cmほどあった。基本的な知識を薄く広く知っておくことが求められる。学習の細かな内容自体は、実務に直接関係ないものは誰でもいずれ忘れてしまうだろう。試験勉強の長期的な意味合いは、専門職として知るべきトピックの存在を認識するという程度しかないのではないか。
 それはそれとして、勉強は楽しかった。私がもともと社会福祉士に興味を持った理由のひとつは、社会学の知識を含む公的資格なんて他にないだろうというところにあった。趣味と実益を兼ねられるなんて言うことないなと思った。
 科目でいうと「社会保障」の内容は普通に暗記しておくと金銭面の相談に乗りやすいのでなるべく忘れないようにしたい……。児童や高齢は制度名などになじみがなく比較的苦手だった。

資格の意味

 福祉サービス提供者として活動をするにしても、その具体的な場面場面でどうしたらよいかということはテキストには書いていない。試験のための勉強を通して相談援助の理論を知ることはできるが、いざ実践となるとその人なりの応用が不可欠であることは言うまでもない。サービスを受ける側として社会福祉士に出会うとき、果たして相手を信頼できるかどうかというと、国家資格を持っているということと、支援の力量があるかとは別ものだと思う(あと最終的には相性もあるし)。
 実際福祉サービスができることなんて少ししかないなと思う。利用する側として考えてみれば、最大限利用してちょっとでも生きやすくなりたいと思う。

自己理解

 さて自分を知ることの意味について。
 自己理解はそもそも教科書的に推奨されている。支援の全過程において、支援者自身の経験や指向、価値観の影響は大なり小なり避けられない。そのことを自覚し、できるだけ客観的な判断に努めるべきだ、ということだ。もっともなことである。
 われわれは学卒の就職活動において、自己と企業を分析して効果的なPRをするように要請される。自己分析と聞いてよみがえるのはそういう経験だ。20代の私には、なんだかフワフワとしていて、指南書の見よう見まねで動いているようなものだった。
 だが今私が感ずることは、かつて自分が思っていたよりも、他者と自分とは違う存在であるということだ。私は結構うすらぼんやりとした人間だったので、それに気づくのにかなり時間がかかったのだが、今や同級生との間ですら、共通点があるほうが貴重である。じつは元からそうだったのだ。環境や経験も考えていることも、色んな人間だったのだ。だったら、自己理解などというのは大げさなことではない。ただ今日何をしたかとかどんなものを食べたかとか、素朴なことでも言葉にすれば十分自分のことである。あとはその言葉をどこでどんな目的で使うかを意識すればよい。
 専門学校の先生は面談で私に「もっと他人に興味を持って」と言った。なるほど他人に興味を持つことと自分に興味を持つことは、その差分を知るという意味では、ほとんどイコールかもしれない。
 どのようなことを手がかりにして自分を知るか。そのネタには事欠かないと思うが、ここでも趣味と実益を兼ねれば、自分の好きなエンタメについて語ることがその手段のひとつだろう。というわけで(元気があれば)今年もできるだけ好きな作品の感想を書いていきたい。

推薦図書

 最後に社会福祉士(や精神保健福祉士)に興味がある人へ推薦図書(漫画)を挙げておく。
 私は生活保護行政に関わったことはないが、柏木ハルコ『健康で文化的な最低限度の生活』のおかげで学習内容のイメージがしやすかった。主人公のえみるが問答集と格闘する姿を思い出しながら過去問を解いていた。
 大槻閑人・子鹿ゆずる『アンメット―ある脳外科医の日記』は脳機能からどのような障害が起こりえるかの勉強になるし、医療行為を超えて患者を社会的存在としてケアする視点で書かれている。
 これらの他にも、漫画だけでも福祉関係をテーマに据えた作品は近年増えているように思う。特に学生の受験者などは、読みながら用語理解などがしやすくなると思うのでお勧めしたい。

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