板倉梓『瓜を破る』について1
先日、板倉梓『瓜を破る』(既刊8巻)を読みました。恋愛漫画としてめちゃくちゃ面白かったです。初々しいカップルを見てニヤニヤしたい需要をお持ちの方には確実に満足いただけるのではと思います。
『瓜を破る』は、恋愛や仕事においてさまざまな境遇に置かれている女性たちの葛藤や気持ちの変化を描く作品です。自分の欠点や弱い部分を見つめ直して前を向いていくようなエピソードが多く、けして完璧ではない、他人に優しくない気持ちや振る舞いも含めた人間くささが描かれることが多いなという印象を受けました。(正直、序盤の原くんや味園さんなど、キツいなと思ったのですが、段々慣れてきました)
群像劇の形式で話はすすみますが、主軸となるのは、32歳で性体験がないことをコンプレックスに感じている会社員まい子、そして彼女の会社に出入り業者として来ていた29歳の鍵谷という男性の恋愛です。
まい子、鍵谷の2人が、セックスへの興味や、距離感を探り合うときにつきまとう憂鬱、ライフステージへのイメージの持てなさなどに気持ちを揺らしながらも惹かれあい、関係を深めていく様子が本作のみどころです。
彼女らが、過去の出来事から抱えた心の傷をさらけ出したり、普通のデートをして会話を弾ませたりして気持ちの触れ合いを通して互いの存在を意識する様子が丁寧に示されています。そうした純な恋心と、身体の触れ合いへの焦りや率直な欲求とが、互いに引っ張りあい高まっていくというところがとても面白いです。
また恋心や性欲といった、互いに近づき合う矢印に加えて、傷つけたり傷ついたりすることをしないように適度な距離感を保つ、抑制する矢印が常に働いています。そのバランス、まい子や鍵谷の年齢相応の対人感覚のリアルさが、読者に2人への共感を抱かせます。
そうした、いわば大人らしいやりとりの描写は、まい子の家で起こったとあるすれ違いについて誤解を解くあたりから前面化してきている、と私は思います。
まい子も鍵谷も、きちんと自分の考えたことや謝罪の気持ちを言葉で伝えられているところに好感が持てます。また、まい子の後悔も、じつは鍵谷にとっては思いがけなかったことで、まい子の謝罪を受けた鍵谷が、それは事実ではないと否定することで軌道修正ができました。
思っていることを知ってもらうためには言葉にして伝える。会って話しあってはじめてわかることがある。テレパシー能力がない以上ごく当たり前のことなのですが、私たちはつい最初から相手を非難したり、態度だけで分かって貰おうとしてしまわないでしょうか。
私たちが頭でわかっていても実行するのは難しいこのことを、2人はちょっとずつ勇気を出し合いながら丁寧に積み重ねていきます。
ここまで『瓜を破る』全体について語りましたが、次の記事では特に6巻収録の38話~41話について、ネタバレを交えながら記したいと思います。