かわいそうなぞう
娘が授業で紙芝居音読を見たらしい。
「ねぇ、お母さん。(かわいそうなぞう)ってお話知ってる?一緒に見た先生が泣いちゃっててさ💦」
あー・・・・。
本当に思い当たりのあるシチュエーション。娘の担任の先生は私と同世代。
1 かわいそうなぞう
上野動物園で太平洋戦争時に「動物園が爆撃された時猛獣が逃げ出すのを防ぐ」目的のため(戦時猛獣処分)さっ処分された動物の話。とりわけゾウは大きく皮膚も固く最後まで残り最終的に餓死させたという。現代社会では想像もできないような残酷な事だった。
私たちの親もギリギリ戦後時代だったが、祖父母は戦争時に生きていたので子守歌のように聞かされていた戦争の話は現代の子どもに比べたらリアリティのある話だった。昭和58年~61年までは小学校の教科書にも載っていた。
だからこそ「かわいそうなぞう」のお話は胸に刺さって取れなかった。
本を読むたびに涙が溢れて、胸の中が苦しくなった。
2 先に進もう
悲しくて苦しくて。戦争を経験したわけじゃないのに「かわいそうなぞう」を読むたびに泣いた。
だけどふと、考えるようになった。
(この物語を読んで泣いているばかりでいいのかな?)
大学生当時アルバイトをした保育園で読み聞かせをする本に「かわいそうなぞう」があった。それを読むように児童にせがまれ読んだところ涙が止まらなかった。
子どもの頃の涙は
戦争は怖い。ぞうさんかわいそう。
だったが、大学生になってもそれではあまりにも幼稚だと思い立って。
アルバイトしたお金を使って上野動物園へ行こうと思った。
餓死して亡くなったゾウの他、上野動物園で亡くなった動物の慰霊碑を見に行くのが目的だった。
当時は中東で戦争が起きていて、日本でもたびたびニュースになっていた。
身近な事ではないけれど、常に戦争は世界のどこかで行われている。
(泣いてばかりいたって人間はまた苦しみを忘れて同じ過ちを繰り返すんだ。そうならない仕組みを考えるしかない。そのためにまず私が泣くのをやめて現実を受け止めることから始める)
という気持ちは当時正直あまりなく漠然としていたが、その慰霊碑をみて何か感じるものがあるかもしれないと思ったからであった。
3 慰霊碑を見に行って思ったこと
上野動物園の慰霊碑は動物園の端にひっそりと佇んでいた。
行ってみると不思議と涙が出なかった。
あんなにさんざん泣いてきたのに。
慰霊碑には「動物よ 安らかに」と記されていて、黒い御影石に青銅色のリボンがかけられている。
人間が起こした勝手な諍いで、動物たちが殺されていく。
元々勝手に見世物として外国で捕まえて檻の中に閉じ込めておいて。
猛獣だから、爆撃で檻から逃げ出したら危ないから、と言って命を奪う。
人間とは何と勝手な生き物だろうか。
重苦しい空気の中。
それでも「憲法第九条があるから大丈夫だよね?」なんて思っていた。
若いって無知だな。
4 今思う事
ロシアとウクライナが戦争を始めた。
3日で終わる、はずだったのに半年以上続いている。
北朝鮮も中国もアメリカもヨーロッパも、ロシアが動いたことで臨戦態勢に近い状態にいるだろう。
極東アジア地域にいる私達には避けては通れない道となるだろう。
国内では「憲法9条があれば大丈夫!戦争反対!」などと意味の分からないことを言っている年寄りや在日外国人がデモをしている。
日本国内の憲法が世界に通用すると思っているお花畑で暮らしているのは世界を見回しても日本国内に住む人間だけなんじゃないかと思うくらい脳内がお花畑だと思う。
じゃあなぜミサイルが飛んでくるんですか?
憲法9条は防弾ガラスではない。
この時点でもう争いが始まっている。
昔の苦い経験を次の世代に残すために国内で反対派と争うのはもはや「内紛」である。小さい戦争。
自分たちは戦争反対と言いながら、国内の自分と意見の違う人間を相手取り戦争さながら。
沖縄なんてどうですか?あれを見て内紛だと思わない人は不思議。
外国人がたくさん移り住んで自分たちの国にしようとしている事も野放し。
戦争をやめるために内紛になるなど本末転倒だと思えてしまう。
日本を取り囲む隣国はすでに臨戦態勢に入っているのですが
これから日本はどうするんですかね?
絶対戦争にならない方法があれば、その選択肢を選びたい。
でもとりあえずまずは内紛はやめた方がいいと思う。
また「かわいそうなぞう」を再び繰り返さないためです。
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