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別れ日記⑥。

河川敷を二人で並走する。時をかける少女のラストシーンを想像しながら、私は彼女の後ろを追いかける。もし私たちが二人乗りだったら、まんま時をかける少女だな。あれ。そういえば、あのラストシーンって千秋は真琴に告白したんだっけ。でも真琴は泣いていたような。高校時代に戻った気がしていたが、高校で初めて見た映画の記憶は失くなっていた。時をかける少女、初めて見た時は衝撃だったな。でも大事なシーンを忘れているなんて。河川敷で二人乗りをしている千秋と真琴の絵だけが私の脳裏に焼き付いていた。

信号は青なのに止まっている彼女に私は追いついた。「どうしたんですか。道迷いましたか?」彼女は上を向いて唸っている。「うーん、なんかおかしいんですよね〜、確かにこの辺だったと思ったんですけど、怖いこと言ってもいいですか?」「え、何ですか?」私は身構える。「いや実は〜すみません!多分去年のあれは、渋谷じゃなかったです!今思い出したんですけど、あれは武蔵小杉とかいう駅だった気がします!」私は一瞬固まって状況を整理する。武蔵小杉、、聞いたことあるようなないような。いやそれはどうでもよくて、河川敷がないってことか?「もうほんとすみません!場所変更で、なんかちょっと眺めがいいところに変更しましょう!」彼女はそういうと、逃げるように自転車を進め始めた。私は反射で彼女の後を追うように自転車をこいだ。すると彼女は、またすぐ止まった。「というか〜渋谷で眺めいいとこってどこですかね!?」彼女はにわかせんべいのような眉毛をして私の方を振り返った。いつも彼女にリードしてもらっていた私は、彼女の珍しく困惑したような顔つきがおかしくて、大笑いした。

「河川敷なんてどこでもあると思ってましたけど、そんなことないんですねー。」私たちは、代官山の方面をひとっ走りしてから、自転車を返却した。彼女は明らかにテンションが下がっていた。「まあ、そうですよねー。渋谷で河川敷なんてあったら、デートスポットとかになっててもおかしくないですもんね。でも、まあ河川敷じゃなくても、自転車乗れただけで私は結構満足ですけどね。自転車というもの自体が私にとってはもはや青春の一部みたいな感覚でしたから。」私は必死に彼女の機嫌をとる。「でもそれでも!私の気持ちはもう出来上がってたんですよ!この真夏日に河川敷を自転車で思いっ切り走るっていう気持ちがぁーー!」彼女は悔しそうに手を振り回す。彼女はまるで駄々をこねる子供のように見えた。「まあそれはそうですけど。でもまだ夏は終わらないんで。もう少し涼しくなった頃でも気持ちいいんじゃないですかね。今日は暑すぎますよ。」彼女をなだめるふりをして、自分に言い聞かせているようだった。まさか自分も時をかける少女のシーンを夢見ていたとは言えない。青春を終えた人間にとって、青春とはそう簡単に手に入る代物ではないらしい。次、本当に河川敷に行く前に、時をかける少女を見直しておこう。私はそう心に決めた。

「あ、もうこんな時間ですね。私はそろそろ行きます!」彼女のデートの時間が迫っていた。「あ、本当ですね。今日は本当に楽しかったです。あ、昨日からですけど。こんなに長時間人といたのは久しぶりでした。」私は率直に感じたことを述べた。そうなのだ。私は大学生になって、人とこんなに長時間一緒にいたことはない。ましてや、日をまたいで一緒にいるなんて初めてだった。「えー!そうなんですね!私も結構久々でしたね。でもなんかあっというまでした!昨日のことが遠い昔のことのようですよ!」本当にその通りだ。私は、昨日のことなんてすっかり忘れていた。「じゃ、また次のシフトの時に会いましょ〜!Good Bye~!」別れ際の彼女は驚くほどそっけなかった。ついさっきまでの盛り上がりが嘘のように、彼女はスッと姿を消した。私はもう二度と彼女に会えないような。不安な気持ちに襲われる。
あ、思い出した。時をかける少女のラストは、「未来で待ってる。」だ。


ではまた。


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