短編小説:ピンサロでサウナで
夜9時。
全裸で見上げた夜空では、強風の影響で雲がせわしなく動いていた。
夜6時に仕事を終えて、パチンコ屋に入った。
朝の行列に並ばずにオフィスで仕事を終えた僕は、堂々と胸を張ってパチンコ屋に入る資格がある。
彼女には、残業があるとメッセージを送った。
最近の禁煙・分煙文化の影響で疑いをもたれることなくパチンコを楽しめる。
4円パチンコエリアは老若男女で溢れかえっている。
僕のおじいちゃんとおばあちゃんは絶対にパチンコ屋に行かないと思うが、しかし世の中にはこんなにパチンコを打つおじいちゃんおばあちゃんがいるのだ。
孫に向ける顔とパチンコ台を見つめる顔が全く別物だと願う。
僕は専ら1円パチンコを打つ。
1玉1円なので1,000円入れるだけで十分楽しめるし、仮に1,000円消えたとしても痛くも痒くもない。
今夜の食事が買ったら焼肉、負けたら牛丼になるだけだ。
夜7時半。
牛丼はいつ食べても美味しい。
彼女と食べる焼肉や写真を撮りたくなる料理も美味しいけど、一人でワシワシ食べる牛丼も美味しい。
どっちも美味しいけど、牛丼はずっと安くて美味しいだけだと思う。それがすごいのだけれど。
夜7時45分過ぎ。
気づいたら牛丼屋のカウンターでピンサロのHPを眺めていた。
店員が前を通る。
急いでホームボタンを押したが、気づかれただろうか。
なんとなく居心地が悪くなったので、牛丼屋を出た。
「明日、この前言ってたイタリアン行かない?」
いつも通り、彼女から2分後にメッセージが返ってきた。
安心する一方、何かに逃げるようにピンサロの階段を降りる。
夜8時過ぎ。
衝立版で仕切られたソファに座る。
僕にとってピンサロはロマン溢れるギャンブルで、指名はせずにフリーで楽しむ。
自己紹介をして、彼女に自分の年齢を当ててもらう。
自分が既に35を迎えたことを告げると、予想通りの反応があって嬉しい。
キスをして、口でしてもらう。
自己紹介をした時点で彼女に会いたくなっていた。
今ごろ女友達と電話をしているだろうか。
彼女の女友達と話したことないけど、ぜひ僕を紹介してほしい。
最高の彼氏だと、すごく頼りがいがあって、まじめで、いつも優しい彼氏だと、僕の前で堂々と伝えてほしい。
気持ちよさとどうしようもない状況に泣きそうになったけどその5秒後に全身の力がグッと入って、情けないくらいすぐ力が抜けた。
夜8時半。
貰ったカードを自販機のごみ箱に捨てた。
これからピンサロ店に向かうであろうスーツ姿の初老のおじさんを見て思わず舌打ちした。
無理やり自分を肯定して、自分の味方になってくれる物事・人・世界に全部を委ねて僕は考えるのをやめた。
夜9時前。
僕はサウナにいる。
全身から噴き出す汗を見て、自分の中の毒素が抜けているのを感じる。
汗を流すことで全てなかったことになるからサウナは便利だ。
昨日2杯でやめようと思って5杯飲んだ酒もそのあと酒臭いからと同じベッドで寝るのを断った彼女の顔も二日酔いで飲んだ今朝のコーヒーも朝のごみ出しをしただけで偉ぶった自分も行ってらっしゃいのキスをせがんだ自分も会社で後輩の女の子の前でかっこつけた自分も打ち合わせをさぼって営業車で昼寝をした自分も名刺を忘れた自分も明日の自分にすべてを任せた今日の自分も、ぜんぶぜんぶぜんぶ汗で流していく。
夜9時。
全裸で見上げた夜空では、強風の影響で雲がせわしなく動いていた。
ととのう、とかはどうでもいい。
自分の調子さえ上がればそれでいい。
脱衣所で服を着る。
鏡に映る自分の身体は、意識的におなかを凹ませたので綺麗に見えている。
ああ、また明日からも頑張ろうと、そう心から思える。
思うようにして、ロッカーのカギをポケットでまさぐりながらゆっくりと階段を降りた。
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