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幽刃の軌跡 #51

第51話「隠れし英雄の教え」


藤原皇后の背後の扉が静かに開く。影のように忍び寄るその男の登場に、静華が声をかけた。


「終わりましたか……」


その問いに、男が深く頷く。


「はい。平安国が無事に四国軍の侵攻を阻止しました。流石、源尊です。彼は本当に成長しました。」


静華は一瞬うつむき、言葉を探すようにしてから口を開いた。


「……あなた様が軍に戻れば、平安国はすぐにでも西国統一が叶うと思いますが……」


男は静かながらも鋭い眼差しを向けて答えた。


「いえ、あれ以来、私はこの国の“影”として生きることを決めました。」


静華はその決意を尊重するかのように微かに微笑むと、視線を朱留へと向けた。


「彼が噂の“鞍馬の赤天狗”の宿主です。」


「なるほど……」


男は朱留を見据え、藤原皇后に向き直る。「静華様の依頼を断る理由はありませぬ、後は私にお任せください。」


「ありがとうございます……吉常様、どうか彼をこの国の英雄へと育て上げてください。」


静華は頭を下げ、去ろうとしたその時、ふと振り返ると朱留に柔らかな声で語りかけた。


「朱留殿。明菜と共に、成長を楽しみにしています。」


その言葉を胸に刻みつつ、朱留は一つ深く息を吐いた。目の前にいる牛若吉常と、長い修行の日々が始まる予感がするものの、彼にはまだその覚悟が完全にはできていないようだった。


「まずは封式を解いてやろう。」


牛若が静かに言うと、その背後から巨漢の男が姿を現した。彼こそ、牛若の忠実な側近、奥洲弁景である。弁景は一言も発さず朱留に手を伸ばし、瞬く間に封式を解く。解放された力に朱留は驚愕した。


「この封式を解いても、本当に大丈夫なんですか?」


「心配するな。お前が暴走しても、すぐに封じることは可能だ。な、弁景?」


弁景は静かにうなずく。


「もちろんです。」


朱留は改めて頭を下げた。


「真夜中朱留と申します。よろしくお願いします!」


牛若は笑みを浮かべながら答える。


「私は牛若吉常(うしわか よしつね)。そして彼は奥洲弁景(おくす べんけい)。これから我々と共に、この鞍馬山で修行をしていこう。」


朱留はふと疑問を抱き、思い切って尋ねる。


「……現世での生活も気がかりなのですが……」


牛若は朗らかに笑って答えた。


「心配するな。弁景の影遁術で君のクローンを作り、そちらで生活を続けているさ。」


「そんなことまでできるのですか……」


弁景は静かに頷く。


「それぐらい、朝飯前じゃ。」


牛若はゆったりとした口調で続けた。


「まずは腹ごしらえだ。飯を食って風呂に入り、今日はゆっくりと休むといい。修行は明日からだ。」


朱留は再度礼を述べ、三人で食卓を囲むことになった。


鞍馬寺 本堂の食卓


三人が囲む食卓で、牛若が朱留に向けて妖力について語り始めた。


「いいか、霊域を解放しなければ奴らも表には出てこられない。妖怪どもの養分はエネルギーだ。」


朱留はふと疑問を抱く。


「牛若さんも妖力を……使えるのですか?」


牛若は箸を置き、まっすぐ朱留を見て答える。


「いかにも。藤原皇后から聞いているかもしれないが、平安国“妖力四天王”の一角、上賀茂の黒馬が私の中に宿っている。“黒太夫”と名乗り、私に宿り始めた当初から仲良くやれている。そのおかげか、一度も支配されるようなことはなかったよ。」


朱留は頷きつつ、疑念を口にした。


「妖怪にもいろんな種類がいるんでしょうか……俺の天狗は本当に嫌味で手が焼けますよ……」


牛若は笑い、朱留の苦労を労うかのようにうなずいた。


「そうか……それは手こずりそうだな。」


そして食事が終わり、三人はそれぞれ修行に備え夜の静寂へと身を委ねるのだった。

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