幽刃の軌跡 #21
第21話「天狗との対話」
朱留の意識は闇の中を漂っている。全身に感じていた痛みも、徐々に薄れ、意識すら遠ざかっていく。虚無の中、朱留はただ終わりを受け入れようとしていた。しかし、この暗闇は現実ではなく、朱留の心の中に広がるものだった。
朱留「もう…終わりか…。これで、楽になるんだろうか…。俺は、帰りたいんだよ…」
朱留の心の中に、不意に響く低い声。冷ややかで、不気味な響きを持つ声が、心の奥底から沸き上がるように響く。
天狗「終わるのか…弱いのう。お前はこのまま、何もせずに終わるのか?」
朱留の心の闇を漂いながら、その声の主を探すが、姿は見えない。暗闇の中に響くのは、ただその声だけ。
朱留「誰だ…お前…?」
天狗「わしか?わしはお前の中にいる霊域じゃ。お前が限界に達し、こうして朽ち果てようとしている姿を見るのは実に滑稽だ」
朱留は混乱していた。この声が自分の心の中から聞こえていることに気づきつつも、それが何を意味するのか理解できない。ただ、この場から逃れたいという思いが心に渦巻く。
朱留「霊域だと…?意味がわかんねえよ…もうどうでもいいんだ、帰りたいんだ…ここから、どこかへ…」
天狗「フン。帰りたいだと?そんな場所はもうない。お前が帰る場所など、どこにも存在せぬ。だが、ひとつだけ手段はある。わしにすべてを捧げよ。そうすれば、ここから救ってやろう」
朱留の心は、その言葉に微かに揺れるが、身体も心も疲れ切っていた。天狗の言葉がどこか現実離れしたものであると知りながらも、その誘惑から逃れることができない。
朱留「捧げる…って?何を…?」
天狗「すべてをじゃ。お前の身体も、力も、魂も、すべてをわしに預けよ。それで、わしがお前を救ってやる。あの竜馬とやらも、わしが叩きのめしてやろう」
朱留は一瞬迷う。今このまま何もせずに終わるか、それとも何かにすがって生き延びるか。だが、それ以上考える力も残っていない。心の中で、彼はただ「楽になりたい」という一心で動いていた。
朱留「…本当に…ここから出られるのか…?」
天狗「ククク…もちろんじゃ。わしに委ねれば、すべてが解決する。お前はただ、わしにすべてを捧げればいい。それだけのことじゃ」
天狗の声は、朱留の心の中でどこか楽しげに、そして冷酷に響く。しかし、朱留にはそれを深く考える余裕もない。彼の心はただ、この苦しみから解放されたい一心で、天狗の言葉に引き込まれていく。
朱留「…わかった…お前に…すべてを預ける…もう、何も考えたくない…」
その言葉とともに、朱留の意識は心の奥深くへと沈んでいく。天狗の笑い声が、朱留の中で反響し、心を侵食するように広がっていく。
天狗「フフフ…よかろう。お前の願いは、わしが叶えてやろう…すべてを…な」