仕事した気になる症候群 〜その達成感間違ってます!〜
さて、先日ちょっとしたトラブルが発生し、その対応に追われることになりました。
トラブル対応をしている時って、脳みそからアドレナリンがドバドバ放出されてすごい充実感とか達成感を感じがちですよね。
トラブルが発生しないに越したことはないのですが、発生したらしたで「祭りだ!」と急に元気になる人種もIT業界には多数存在しているかと思います。
でも、それってどうなんだろう・・・と改めて思ったのでこの文章をしたためている次第です。
確かに、トラブル対応がうまくいくと発生した原因追及はさておき、なぜか感謝されたりしますよね。様々な人が解決という共通目標に向かってワーッて動いて、沈静化できた暁には「仕事した感」を感じ、充実感や達成感に満たされる・・・
しかし、それって脳内物質アドレナリンくんが交感神経を刺激し、血流増大、感覚器官の性能向上(瞳孔拡大)、痛覚の麻痺などによって闘ったり逃げたりするための身体反応を引き起こしているだけで、それによって感じる達成感・充実感って言わば幻のようなものなんですよね・・・。
私も長い間IT業界に身を置いてますが、常にトラブルと隣り合わせみたいなところもあります。
システム開発プロジェクトなんてトラブルの連続ですし、運用サービスが開始した以降もトラブルだらけで、もう年がら年中トラブル漬けみたいな感じです(注:もちろん落ち着いていて暇な時もあります笑)。
ただ、それによって感じる「達成感」「充実感」みたいなものを求め過ぎると、後々後悔するような気がします。
そう、それって全て自分の外側の世界から与えられているものなんですよね。
そもそも「企業で働く」=「外から与えられる仕事をこなす」ということで成り立っているのかもしれません。
会社・組織には必ず何らかの目標があって、何とかしてそれを達成しなければいけませんが、その仕事内容が必ずしもそれが個人の希望に合致するわけではないです。
食べていかないといけないから、上から言われたから、希望していないプロジェクトにアサインされたので仕方なく・・・と、内心は渋々仕事をしている人の方が多いのではないでしょうか。
言わば与えられた仕事をうまくこなしていくことが企業勤めにおいては重要で、これまでの昭和・平成の時代はそういった価値観で世の中成り立って来たんですね。
定年退職後に心にポッカリ穴が開いてしまって何もする気にならない・・・という話も良く聞きますが、与えられる仕事に慣れてしまうと、仕事を与えてくれる人・会社が無くなってしまうと自分が何をしていいかわからず途方に暮れてしまう・・・ということなのだと思います。
そういうわけで、なるべく企業で働きながらも与えられた仕事だけではなく、自分自身で掴みにいく仕事の割合を増やしていきたいものですね。
それは会社外での副業であっても良いと思います。そういう意味では、昨今の副業解禁ブームなど、やっと自分のやりたいことに取り組むための土壌ができて来たのではないでしょうか。
少なくとも、時折発生するトラブル対応によってまやかしの「達成感」「充実感」を感じ、なんとなく今の仕事を続けているような場合は要注意ですね。
偽りの「仕事した気になる症候群」から抜け出すため、自分のやりたいことを実現させていきたいと感じる今日この頃でした!
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