学生寮物語 21
21 学生寮よ、永遠に
パソコンで見つけた後輩のブログをさらに読み進めていくと、驚愕の事実と出会った。
「歴史ある学生寮だったんですが2021年3月末に完全閉寮予定らしいです。私がいた頃から古かったけどあれから20年……残念だけども、建物の老朽化も激しいだろうしな。寮食のおばちゃんにお手紙書こうっと」
とあった。
ついに閉寮という文字を見つけてしまった。やっぱりな、という思いと一緒に、学生寮への愛着あふれた文面に思わず笑顔になった。「手紙を書こうっと」という表現に彼女の人懐こいかわいらしさが垣間見えた。
彼女のブログを離れて、なおもネットサーフィンを続けると、「緑の旗」という懐かしい文字が飛び込んできた。「緑の旗」とは全国学生寮自治会総連合の機関誌の名である。
そこにはその年の新入寮生に対する中央執行委員長の歓迎のあいさつが掲載されていた。記事は4年前のものだった。これ以外の記事は見当たらなかった。
その文面を追っていくと、その委員長は翔がいた学生寮の寮長だった。29歳後輩の活躍に、なんだかうれしくなった。といっても、もう親子の年齢差だった。
寮という建物はなくなっても、人はこうして残っているんだと翔は思った。かつてプロ野球の野村克也監督の言葉を思い出した。
「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すを上とする」
A大学学生寮は姿を失っても人を残したのだと思った。
全寮連第4X期中央執行委員長はあいさつの中で断言した。
「寮というのは、1、教育の機会均等を保障する役割、2、(寮自治を通して)自主的民主的な人間形成の場を保障する役割の二つの役割を持っています。これは文部科学省でも、寮の役割として位置づけています。
ですから、寮が寮の本当の役割を果せない限り、経済的に困難な寮生、自治や寮の施設で悩む寮生はいなくなりません」
経済発展の名のもとに、無駄といわれる箱もの事業が強引に継続され、老朽化の名のもとに学生寮などの貴重な厚生施設が次々と消えていく。
また受益者負担の名のもとに、奨学金に高い利息が付けられ、短期間での返還を求められる。憲法で保障されているはずの教育の機会均等が金のある者だけの特権となっていく。
「国家の百年の計は人にあり」という。
一を植えて一の収穫があるのは穀物であり、一を植えて十の収穫があるのは木である。一を植えて百の収穫があるのは人である。つまり、人を育てるのは時間がかかる。
だが百年かけた国家の計画を完成させるためには有能な人材の育成が欠かせないのだ。
翔は寮長の先輩として、全寮連第4X期中央執行委員長に伝えたかった。「自分の信念に自信をもって前に進みなさい」と。
※
2024年の年賀状が安岡鈴子から届いた。
翔自身は2年前に年賀状終いをしていたので、彼女から葉書が来たのは思いがけなかった。
今年、翔はたまたま「メディアプラットホームNote」のことを日曜の朝のTV番組「ガッチリマンデー」で知った。それで自分の思い出をそこに書き綴ろうと思い立った。
そして元旦から「Note#書初め」にフィクションとして、さらに「♯(ハッシュタグ)学生寮」といれて、自分の大学生時代の思い出を書いていた。
記憶があいまいで、本当のような嘘の話や嘘のような本当の話を書いていった。すると最初に、かつて弟のように可愛がっていた後輩の死を思い出し、彼へのレクイエムとして書こうと思った。その後輩というのが鈴子の夫、安岡孝明だった。どこまで書いたらいいのか迷ったので小説という形で輪郭をあいまいにした。
送られてきた葉書を見て、これもきっと何かの縁かもしれないと感じた。すると安岡の悪さをするときの悪ガキぽい表情を思い出した。
年賀状には鈴子の近況をまとめた手記が印刷されていた。そのはがきの隅に懐かしい筆跡で、次の文が書き添えられていた。
「昨年11月、上京の折、寮の跡地に足を運んでみました。跡形もなく、ひっそりとした地面を目の前にするとやはり寂しさいっぱいでした。また集まれる日、楽しみですね」
とあった。
きっと今年はみんなと会おうと翔は思った。
A大学学生寮よ、永遠なれ。
終わり
長い間、お付き合いくださり、まことにありがとうございました。これでひと段落です。
友人の金城君、大村君、自費出版するときはイラストをタダで書いてください。おいどんはもちろん営業をお願いします。
他の卒寮生のみなさま!
名前は出していないけど、この文を読んで、自分の記憶を添えて、周りの人に自分の青春時代を語り継いでください。
戦争の語り部が減っています。由々しきことです。私たちは戦争は語れなくとも懐かしい青春時代は語れるはずです。
もしこれが本になったら一人10冊を目標に売りさばきましょう。ノルマではありません。お願いです。
なおこの文章に登場した名前は全て仮名です。
第30回A大学学生寮寮長、松永翔(かける)より。これも仮名です。フィクションですから。