☆年令早見表を眺めていたら
年令早見表が業務で必要なので、年が明けると検索して印刷する。それは、西暦何年、大正・昭和・平成・令和何年生まれの人が今年何才になるかがわかる表だ。
表は、右下から1才、上っていって右上が50才、左下に下りて51才、上っていって左上が100才、というものが一般的だ。
この表を眺めていたら、人の一生だ…と何かが浮き出てきた。51才、表の左側に自分が移行したのを確認した時、毎日目にするこの表に突然、はっとさせられたのだ。
51才で表の一番下に落とされ、上を見れば、まだあんなに年月がある。嬉しくも、わくわく感も少しもない、あー、まだ長いな…。だけど、自分はどこまで行くのだろう、一年一年、表を一段ずつ、上って行くのだ。
そして隣の欄は、過ぎてきた年月のように見える。こうやって表の一段にされてしまうと、その中にある、迷いも、苦さも、一大事も、上って行く足に踏まれる板でしかない。リズムまで生まれそうな調子で、私は一段一段上って来ただけではないか。
表は50才を境に、右と左に分けられている。1〜50才、表の右側は成長に向かっていて、51〜100才、表の左側は死に向かっているようにも見えてくる。自分は死に向かって、今年、一段上がったということになる。
"何かこれ、人の一生みたい…"と、つい口をついて出てしまった私の発言に対し、1才年上の同僚は、2、3秒表を見た後、"何かこれ、やーね"と返す。二人でプッと笑い、薄ら寒さを払いのけた。
そのうちまた、忙しい業務の合間をみて眺めてみよう。今度は別の何かが浮き出てくるかもしれない。その時はまた、同僚と笑い合いたい。
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