
My Bloody Valentine / Loveless
2月14日はバレンタインデー。
バレンタインデーに聴く音楽と言えば、チェット・ベイカー「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」か、国生さゆり「バレンタイン・キッス」の2択ですが(ウソです)、今日取りあげるのは「ファニー」ではなく「ブラッディ」の方です。
アイルランドのバンド、マイ・ブラッディ・バレンタインが、1991年に発表したアルバム『ラヴレス』は、あまりに特異なサウンドで衝撃を与えます。
執拗なまでに重ねられたノイジーなギターの轟音が、空間全体をどことなく柔らかに包み込むようなサウンドは、それまで聴いたことのないものでした。
もちろん、それまでにも、ディストーションやファズの効いたギターサウンドや、フィードバック・ノイズを効果的に使ったバンドは数多くいましたが、それらはインパクトの強い攻撃的なサウンドとして響いていました。
しかし、このバンドの轟音は、音の「塊」が、揺れながらうねっているという印象です。
音のイメージを言葉で伝えるのは難しいので、実際に聴くのがわかりやすい思います。
1曲目の「Only Shallow」。
冒頭のスネア連打に続いて、音の「塊」が空間に流れ込み、一瞬で埋め尽くすのが分かると思います。
30年ほど前、最初にこのアルバムを聴いた時は衝撃でした。「どうやったらこんな音が出せるんだろう?」と考えたことを覚えています。
今なら、ネットで調べれば大抵のことはすぐに分かりますが、当時はそんな便利なものはなく、音楽雑誌を何冊も読んだ記憶があります。
個人的には、5曲目の「When You Sleep」が一番のお気に入りです。
この曲のボーカル、ケヴィン・シールズ(男性)とビリンダ・ブッチャー(女性)がツインボーカルで歌っていると、ずっと思っていたのですが、ケヴィンによると、実はどちらもケヴィンで、一方はスピードを上げ、一方はスピードを下げてレコーディングしているとのこと。
そんなところ、こだわらなくてもいいような気もしますが、まあ、彼ららしい。
8曲目の「Sometimes」は、映画『ロスト・イン・トランスレーション』のサウンドトラックでも使用されています。
耳障りなギターノイズが、常に鳴り続けることで、アンビエントのような効果になっていくのが面白いですね。また、ドラムを使わずに、アコースティック・ギターを薄く重ねてリズムを刻むアレンジも、絶妙のバランスだと思います。
最後の曲は「Soon」。
この曲だけ、当時の「マッドチェスター」ムーブメントの影響を強く受けているように感じます。(このMVは3分半くらいですが、アルバム・バージョンは約7分もあり、こういったところもそれっぽい。)
このアルバムは「シューゲイザー」(靴(shoe)を見つめ(gaze)ているかのように下を向いたまま轟音を鳴らすバンド)と呼ばれるムーブメントの最高傑作に位置づけられています。
ただ、このアルバムが与えた影響は、その範疇にとどまらず、ロック全体に及んでいると言っても過言ではありません。
それを示す1つの例が、ローリング・ストーン誌の「The 500 Greatest Albums of All Time」です。
最初の2003年版では219位、次の2012年版では221位だったのが、最新の2020年版では73位と、大きく順位を上げています。
彼らが『ラヴレス』で提示した、ノイジーなギターを幾重にも重ねるという手法は、時とともに広く浸透していき、今やギター・ロックの新しいスタンダードになったと言うことなのだろうと思います。
実際、こういうサウンドを出すバンドは、今やゴロゴロいますが、特に驚くことはありませんし、別に「マイブラの真似してる」なんて思ったりもしないですもんね。
このアルバムのレコーディング期間は約2年半、費用は27万ポンドと言われています。おおよそインディペンデント・レーベルで許容されるものではなく、実際にクリエイション・レコードは倒産寸前まで追い込まれます。
アルバムは、発表と同時に高い評価を受けますが、UKチャートでは最高位24位、USではトップ200入りせずと、商業的にはさほど成功を収めたとは言えません。
マイ・ブラッディ・ヴァレンタインは、追われるようにアイランドに移籍するも、次のアルバムを発表することなく、1997年にバンドは解散。
しかし、2007年には再結成し、そして、2013年には、実に22年ぶりとなるアルバム『m b v』をリリースします。
まあ、何から何まで規格外なバンドではあります。
バンドは現在も活動中。
果たして、2020年代のうちに次のアルバムがリリースされるか、期待して待つことにしましょう。