見出し画像

【プチ研究】 仕事のレジリエンス (3) 吐き出せば楽になる、の罠

ベルナール・リメの発見

 1980年代末、ベルナール・リメ(心理学者)は多くの実験を通じて「吐き出せば楽になる」は嘘だと言い出した。

  • 嫌な経験について他者に話さずにはいられない。

  • 負の感情が強ければ強いほど、それについてますます多くを話したがる。

  • しかし、いくら話しても負の感情は消えず、何時間も、何日間も、何週間も、何ヶ月も、ときには人生の残りの時間すべてをかけて、繰り返そうとする。

  • 性別、地域、文化をこえて、世界中で同じ傾向が観察される。

  • 例外は、隠したい恥辱を感じるとき、トラウマを抱えていて思い出したくないとき、に限られる。

つまり、胸の内をいくら吐き出しても楽にはならず、中毒症状を呈する。

銃乱射事件の教訓

 2008年、米国の二つの大学で銃乱射事件が発生した。その後、語り合うことで心の傷を癒そうとする実験が行われた。実験に参加した学生の89%がフェイスブックのグループに参加し、78%はオンラインでも、74%は携帯電話でも、事件のことを語ったり読んだりした。しかし、2ヶ月後の調査で、参加した学生の鬱や心的外傷後ストレスの程度は改善していなかった。

同時多発テロの教訓

 2001年の事件後、米国の2000人以上について、行動と治癒の関係を2年間追跡調査した。その結果、感情を打ち明けなかった被験者と比べて、感情を吐露した被験者のほうがメンタルや体調が悪化していた。特に、頻繁に感情を吐露した人ほど悪化する傾向があった。この場合は、感情を吐き出すことが、害になっていた。

なぜ話したくなるのか?

 否定的な感情を吐き出すと、体内の悪いものを吐き出したようで、気が楽になるのではないかと考えがちだ。しかし実際には、感情を吐き出すのは、他者の共感を得ることが最大の目的だ。共感は、社会的動物であるヒトに大きなエネルギーを与える。それを摂取することで生きるエネルギーを取り戻そうとするからだ。
 ところが、他者の共感は長続きしない。同じことを訴えても、時とともに共感してもらえなくなる。それを補おうとますます感情を吐き出す。こうして悪循環が始まる。共感から得られるエネルギーだけで生きて行こうとするからだ。このアプローチには大きなリスクがある。

(1) 心の危機は内的世界像と実世界の乖離で生じているので、その乖離を埋める必要がある。いくら感情を吐き出しても、内的世界像を見直さないかぎり、乖離は埋まらない。
(2) 感情を吐き出すほど、内なる声(ワーキングメモリー)は感情に乗っ取られ、それがまた感情を呼び起こす。内的世界像に意識が介入する契機そのものがなくなってしまう。だから、延々と感情を吐き出し続ける。

※ この問題はイーサン・クロス「頭の中のひとりごと(2022)」が取り上げています。ただし「吐き出すこと」を治療の中心とする心理療法家もかなりいて、まだ結論が出ていないとも書いております。

では、どんな手順があるのか?

 一方で、感情的経験が最高潮に達しているあいだ、意識が感情をとらえ直すことが難しいという研究も数多くある。だから、感情を鎮め、意識にバトンタッチする手順が必要になる。典型は1970年代にニューヨーク市警察人質交渉班が開発した手順だ。大きな効果があったので、FBIはこれをもとに行動変容段階モデルを開発した。

傾聴 ➡ 共感 ➡ 相互信頼 ➡ 影響 ➡ 行動

 危機の初期は感情的危機であり、まずこれを鎮める。この段階では、胸の内を吐き出すだけでなく、他責や自己憐憫といった長期的には害があるかもしれない姿勢も役に立つ。ただ、そのまま「吐き出す罠」にはまると、吐き出し続けるようになるし、感情的なままになる。自分の悩みに対峙する場合でも、困っている同僚を支援する場合でも、手順があることを知っておくのが無難なようだ。

いいなと思ったら応援しよう!