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【経済のモノサシ】 飯田泰之 「財政・金融政策の転換点」 2023 (5) 財政の維持可能性

財政規律−1 横断性条件

 FTPLの枠組みによれば「政府債務増加率<金利」ならば将来統合政府負債の現在価値はゼロになる。政府債務の発散(無限膨張)は起こらない。これを横断性条件と呼ぶ。ただ、逆であれば必ず発散するわけではない。財政破綻をさらに細かく検討するには次に紹介するドーマー条件の検討が必要だ。

【感想】横断性条件だけを財政規律にすると、二通りの財政方針が導かれると思います。(1)低金利が続くならば、いつか政府債務の増加を止めないと「債務増加率<金利」とならない。これは「長期的には、政府債務の増加を止めれば、政府債務は増加しない」と言うトートロジー的結論となる。しかも「いつか増加を止めれば破綻しない」だけでは、当面は債務を増やしても構わないことになり、中期的な指針とならない。(2)経済が成長して金利が高くなれば、債務増加率を増やすことができる。この場合、① 財政乗数1を超える財政支出を励行する、② 金利動向から逆算して財政規模を決め、それ以上の成長は金融政策に委ねる、といった政策になるように思います。

財政規律−2 ドーマー条件

 金利をr、GDP成長率をgとして、今年のPB(プライマリーバランス)赤字がわかれば、来年の国債GDPは以下の式で求められる。

  • 来年の国債GDP比 = [(1+r)✕今年の国債]/ [(1+g)✕今年のGDP]+今年のPB赤字/今年のGDP
    =(1+r)✕今年の国債GDP比 /(1+g) + PB(プライマリーバランス)赤字のGDP比

両辺から今年の国債GDP比を差し引けば

  • 来年の国債GDP比 ー 今年の国債GDP比 = [(rーg)✕今年の国債GDP比]/(1+g)+PB赤字のGDP比

だから、PB赤字のGDP比が変わらず、r−g<0ならば、国債GDP比は年々縮小する。ドーマーの1944年の論文に由来して、これをドーマー条件と呼んでいる。

 「rーg」が面白いのは、政府債務の規模や増加率が条件から消えていることだ。現時点の国債残高の対GDP比は、発散・収束条件にも、収束先の水準にも影響しない。先のコロナショックで生じたたような一時的な財政赤字の膨張は、長期的な政府債務残高対GDP比には影響しない。経済成長率が金利を上回る環境では、一時的な政府債務増加は将来世代に「ツケ」を残すことはない。

 ところで、ピケティの研究(「21世紀の資本」2021)で長期的に「r>g」であることが実証されている。このピケティのrは「資産の平均的な収益率」だ。一方、ドーマー条件のrは「国債(または日銀当座預金を含む統合政府債務)の平均的な利回り」だという違いがある。両者の議論が両立するならば、下記が成立する。

  • ドーマー条件のr < 経済成長率g <ピケティのr

 実際に、日本を含む主要16ヵ国について1870年から2015年までの多くの期間でこれが成立している。日本では、2000年代にr>gの状況が頻発したが、2013年以降は、コロナショック(2020年)以外、r<gが続いている。逆に、経済政策をどのように選択するにしても「国債金利以上の成長率」を目指すことがひとつの目安になる。

財政規律−3 心理的限界

 ドーマー条件が満たされていて国債残高対GDP比が収束するにしても、収束したGDP比が10倍、100倍になっても財政は破綻しないと言い切れるだろうか。意見が別れるだろうが、人々が安心して経済活動にいそしむことができる心理的限界はあるのではないか。ドーマー条件の応用として、さまざまな場合をシミュレーションすることができる。

  • r- g=マイナス0.5%ならば、PB赤字3.1%を維持すればGDP比250%で安定する。これは2014〜2015年頃の水準に一致する。さらに悪化してPB赤字6.0%になればGDP比350%で安定する。

  • 逆に、r- g=プラス0.5% に逆転してしまうと、債務GDP比250%を維持するのにPB黒字3.1%が必要になる。

 つまり、rーgとPB黒字GDP比のバランス次第では、PB黒字でも債務GDP比が改善しないことがある。そのうえ、金利rはゼロ以下にならないから、財政を過剰に萎縮させ、経済成長gを阻害してしまうと、rーgのマイナス幅が縮小する一方になする。さらに悪化すると、gそのものがマイナス成長になり、rーgがプラス反転する。rと違ってgは下限がないので、見通しが今以上に悪くなる。

 だから「PB黒字化を急ぐ」だけを財政規律とすることには弊害がある。結局のところ、金利r、成長率g、債務GDP比、PB赤字GDP比に俯瞰的に目配りしながら、経済の安定的成長を模索することを財政の基本方針とすべきではないだろうか。

r−gはどんなときにプラス反転するのか?

 現在の主要国の経済状況において、金利が継続的に成長率を上回る可能性は低い。とはいえ、そのリスクはゼロではない。rーgがプラス反転するときに何が起きるか考察しておく。

インフレ

 ドーマー条件は名目金利rと名目成長率gを比較しての議論だ。インフレによって名目金利はあがるが、名目成長率(=実質成長率+インフレ率)も同じ大きさで上昇する。だからインフレだけの要因でrーgが反転することはない。

サンスポット(sun spot)均衡、サドンストップ(sudden stop)

 何らかのきっかけで、債券市場で投資家が一斉に売りにまわり、金利が急騰することをサンスポット均衡とかサドンストップと呼ぶ。このようなパニックは債務残高GDP比がどんなに小さくても発生するし、防止することは事実上不可能なので、事後的に対応するしかない。
 日銀の国債買い入れと政府のアナウンスメントがおもな対策になるだろう。今の財政状況がどうであれ、政府と日銀の危機管理体制と対応策をしっかり事前準備しておくことが必要になる。

自然利子率の上昇

 実質利子率が上昇すれば、金利が上昇するので、一時的に成長率を上回る。しかし、実質利子率が上昇するということは、社会に、新技術など有望で規模の大きな投資対象が現れたことを意味している。投資が実行されれば成長率gが改善し金利rに追いつく。そのうえ、経済成長によって税収が改善し、景気対策としての財政出動や減税も不要になり、増税さえ可能になる。財政運営にとっては、むしろ望ましい条件が揃う。PB赤字GDP比が縮小することで「r−g」を心配する必要がなくなる。

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