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【プチ研究】 仕事のレジリエンス (1) 心と世界の関係

問題意識

 仕事の上であっても、成長を望めば、挑戦(ストレッチ)が必要であり、挑戦すれば時に失敗することは避けられない。だから失敗からどう立ち直るのか、学んで置く必要がある。
 まず、逆境で危機に瀕するヒトの心とは、そもそもどんな構造をしているのか?その構造と失敗学的処方箋はどう関係するのか?これまで読んだ関係書籍をレジリエンス(逆境からの回復力)の視点で要約してみました(資料リストは末尾)。

心と世界のモデル

 著者によってパーツの呼び名が変わるので判りにくいのですが、心と世界の関係を絵にすると概ね以下のようになる点では共通しているようです。

心と世界のモデル
  • 進化史的には、まず感覚・情動が発達した。その結果、行動と反応のフィードバック・サイクルが回りだし、5億年前の初期脊索動物あたりで内的世界像が生じた。

  • その後、意識の原形が生じたはずなのだが、時期は不明。というのも意識の有無は動物の行動を観察しても判別できないからだ。進化系統の連続性を考えると、喜びや悲しみを見せる(ように見える)哺乳類には「なにか意識のようなもの」があるとも考えられている。

  • ヒトが意識を持っていると断言できるのは、個々人の内的経験(たしかに自分には意識があるという実感)を言葉で共有できるからだ。10万年前くらい、言語獲得と前後してヒトの意識が急速に高度化したのだろう。しかしそうなると、意識とは言語活動そのものかもしれない。「意識とは何か?」という問題そのものが曖昧なので、科学の進歩を待つしかない。

  • 内的世界像は、行動と反応のフィードバック・ループを通じて実世界とのギャップが少なくなるよう、みずからをアップデートしている。

  • 内的世界像は、過去を記憶し未来を予測する。記憶と予測は、もともと「闘うか逃げるか」を経験学習するために生じた。発祥はカンブリア紀、5億数千年前、最初期の脊索動物(脊椎動物の祖先、ハイコウイクチス、ミクロミンギアなど)に遡ると考えている研究者もいる。

  • 内的世界像は人生の自動航行装置として機能する。もともとカンブリア紀まで遡れば意識はなかったのだから、感覚・情動ときわめて貧弱な内的世界像で自動航行するしかなかったはずだ。

  • 自動航行装置(=内的世界像)はマインドセットとも呼ばれる。自動航行という役割上、頑迷になりがちだ。内的世界像と実世界のあいだには、些細なギャップが頻繁に生じる。そのたびに動揺しては安定した航行ができなくなるからだ。
     進化論的には、内的世界像が実世界に整合し、しかもそれが強固なほど生き残るはずだ。信念が揺らぐものは淘汰されるし、信念強固でも内的世界像が実世界に適合しないものは淘汰される。生き残ったものから見れば、滅んだのは信念が弱いか、非現実的だったからだ。

    注意! 感覚・情動と意識のあいだに何がどのような役割を担って存在するのかということについては、著作ごとに様々な呼び名、役割が提案されています。全体を大づかみするために、以下では「内的世界像=自動航行装置=マインドセット」と解釈して要約を進めようと思います。


  • 思考実験として感覚・情動・内的世界像は揃っているけれども、意識はもたないゾンビを考えてみる。ゾンビでも、動物は動物らしく、ヒトはヒトらしく行動できる。自動航行装置が本物と同じだからだ。行動だけを観察して本物とゾンビを見分けることはできない。我々の日常生活の大半は自動航行装置に依存しているのであって、ファスト思考とも呼ばれる。

  • 意識は、内的世界像の自動航行に介入するために進化したと考えられる。意識は、生きることを喜び、死を恐れ、世界を味わい、好奇心を持ち、思考し、目的を創造する。これら全ては自動航行で太刀打ちできない環境変化に遭遇しても、生きる意欲を保ち、柔軟な適応の可能性を広げるのに役立つ。だから、本物とゾンビの差(意識の有無)は淘汰圧に直面したときの生き方の差としてのみ観察できるはずだ。

  • 内的世界像と感覚・情動の摩擦で感情が生じる。内的世界像と意識の摩擦で内なる声(頭の中のひとりごと)が生じる。

  • 意識はマルチタスクが苦手だ。脳のワーキング・メモリは貧弱で、数字であれば、4~5桁ごとに区切らないと覚えられない。しかし身体はマルチタスクをこなす必要があるので、タスク切り替えのたびにワーキング・メモリが書き換えられ、そのたびに内なる声が発生すると考えられる。

  • 熟達したアスリートは無我の境地で精妙な動作ができる。ということは、初めは意識的動作であっても、反復習慣化し、身体化すれば自動航行装置(内的世界像)に組み込まれる。そのような境地では、内なる声がかえってパフォーマンスを阻害する。

  • また、反復による身体化の事実は、意識が自動航行装置を改善できることも示している。「継続は力」というのも、この内的世界像改変のプロセスのことだと思われる。

世界の境界

世界の境界
  • 実世界にも内的世界像にも、現実(起きそうなこと)と非現実(起きそうにないこと)のぼんやりとした境界がある。しかし実世界は無限であり、ヒトには実世界の境界は知りようがない。

  • ヒトは、内的世界像の境界だけを頼りに人生の舵を操る。危機に遭遇して初めて実世界の境界を踏み外したと知る。

逆境に遭遇すると心に何が起きるのか?

逆境に遭遇すると何が起きるのか?
  • 逆境に遭遇すると、起きそうにないことが起きたせいで生存の危機に瀕する。危機を回避できなかった自動航行装置(内的世界像)には、もはや全幅の信頼は置けない。

  • 心は同時に二つの危機に直面する。とりあえず現在の痛みに耐えて生き残ること、それから、崩壊に瀕した内的世界像を修正し、立て直すこと、この二つだ。この両立がレジリエンスの難しさとなる。たとえば、他責や自己憐憫には心の鎮痛剤として即効性がある。しかし、内的世界像の修正に役立たないどころか、ミスリードする。

  • 内的世界像と実世界のギャップが大きくなるほど、感情も内なる声も大きくなる。感情の嵐は重大ギャップ発生のアラームであり、内なる声の嵐は意識がそれに対処しようと反応するためだ。

  • 自動航行装置(内的世界像)に迅速で劇的な介入ができるのは、意識しかない。ところが、感情と内なる声の嵐が吹き荒れて、意識が効果的に役割を果たせない。特に内なる声の嵐はワーキング・メモリをせわしなく書き換えてしまうので、シングルタスク処理しかできない意識は機能停止してしまう。

  • 肝心なとき(危機に瀕したとき)に機能停止してしまう意識の脆弱さは進化の未熟さの現れかもしれない。内的世界像(=自動航行装置)は5億年以上かけて進化した。しかし、意識の急速な進化はおそらく言語以後であり10万年程度の歴史しかないからだ。それでもないよりましであり、社会性動物であるヒトの集団に、ひとりでも意識能力の高いリーダーがいれば生存の可能性が高まる。

  • 危機に際しては、響き渡るアラーム(感情)とアラームへの条件反射(内なる声)の悪循環をいったん遮断し、意識が内的世界像に介入するきっかけを創り、意識と内的世界像の学び直しを実行しなければならない。これらを具体的にどうやって行うのか?心理学や失敗学が提案するレジリエンスの処方箋とはそのハウツーだと解釈できる。

資料リスト

  • ヴィクトール・フランクル「夜と霧」1946

  • レヴィナス「全体性と無限」1961(p.13~p.97、岩波文庫)

  • ダニエル・C・デネット「解明される宗教」2006

  • ニコラス・ハンフリー「ソウル・ダスト」2012

  • キャロル・S・ドゥエック「Mindset マインドセット」2016

  • ファインバーグ&マラット「意識の進化的起源」2017

  • スーザン・デイビッド「Emotional Agility こころのマネジメント」2018

  • 小林正弥「ポジティブ心理学」2021

  • イーサン・クロス「Chatter 頭の中のひとりごと」2022

  • ジェフ・ホーキンス「脳は世界をどう見ているのか」 2022

  • 畑村洋太郎「やらかした時にどうするか」2022

  • 畑村洋太郎監修「失敗学見るだけノート」2022

  • ドナルド・W・パフ「利他的な脳」2024

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