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【経済のモノサシ】 小林慶一郎 「日本の経済政策」 2024 (5) 格差問題
日本のジニ係数推移
退職すると所得が減少するので、高齢化が進めば当初所得ジニ係数(税と社会保障費の再配分前)は悪化する。事実、日本では1980年代から継続して悪化している。ただし、再配分所得ジニ係数は悪化していない。これは、年金政策がジニ係数の調整をうまくこなしていることを示唆している。(1)しかし、もともと日本の当初所得ジニ係数は世界的に見て米英に次ぐ悪さだ。(2)さらに、特定の境遇の人々にしわ寄せが行く格差構造(非正規、ひとり親世帯、など)も問題になっている。
※ ジニ係数の比較を図解したURLを添付しておきます。
格差の世界的動向
当初所得ジニ係数が悪化しているのは世界的傾向だ。
ロールズの格差原理(1971): 「格差は、最も不遇な人の効用を最大にする場合のみ許容されるべきだ」公正な社会契約とは、仮想的な原初状態(生まれる前、まだ自分が裕福になるか貧乏になるかさえ分からない状態)で人々が合意できる事項のことだ。
経済学的含意としては、経済成長を大きく阻害しない限り所得の再分配を強化すべきだ、ということになる。しかし、ある限界を超えて再分配を強化すると、経済成長が悪化し「皆が平等に貧乏になる」ので最も不遇な人の効用も悪化してしまう。その時点まで至ると格差は是認すべきだ。この点が、全員の平等を目指す共産主義と異なる。ロールズの格差原理は民主主義的平等を言い換えたものとも解釈できる。トリクルダウン: 1990年代から2000年代前半、高い経済成長さえ実現すれば、富裕層からその下へと、次々と富が滴り落ちる(トリクルダウン)ので格差が広がることはない。トリクルダウンが生じれば、ロールズの格差原理にも反しない。これが当時のエコノミストや政策当局者のおおかたの認識だった。「経済成長なしに貧困削減が実現しないのは真実だが、逆は真ではない。そういう例はたくさんある(スティグリッツ、2002)」という懸念は無視された。世界は格差に対して楽観的だった。
アセモグルのDTC(Directed Techinical Change、方向づけられた技術変化)(2002): 「希少な生産要素(資源)を節約し、豊富にある生産要素(資源)を多く使う方向に、技術は変化する」
19世紀の英国は、土地が希少で、労働力が豊富だったので資本節約型(労働集約型)技術が発展した。同時期の米国は、土地が豊富で、労働力が希少だったので、労働節約型技術が発展した。
しかし20世紀後半の米国で、高学歴人口が急拡大した。豊富な高学歴者を活用し、相対的に減少する国内非熟練労働者を節約する方向に技術が進化した。非熟練労働者の需要が低下するので、学歴と労働需要の相関が高まり、賃金格差を拡大させた。つまり、高学歴化による経済成長自身が、学歴格差を生んでしまった。ピケティの「g(成長率)<r(資本収益率)」(2014): 市場競争に任せていただけでは、格差は縮小しないと論じた。
2010年代の政治不安: 欧米で、ポピュリズムの台頭、グローバル化への反発が目立つようになり、しかもトリクルダウンは起きなかった。格差が政治不安を起こし、政治不安が経済不安を起こし、経済不安で格差はますます悪化するという悪循環の懸念が高まっている。
【感想】この間、各国で再配分所得ジニ係数の悪化は抑えられている。それでも政治不安、経済不安が拡大するということは、当初所得ジニ係数が大事だということではないでしょうか。であれば、雇用格差を圧縮することが優先課題になるはず。