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【プチ研究】 組織のなかのシニア (3) 労働観の混乱

 組織の中でシニア社員が厄介者になりがちなのは、フィードバックが困難になるからであり、その原因は、序列の混乱、労働観の混乱、生理的変化の3つだと要約しました。以下は、労働観の混乱に関する諸説です。

諸説の要約

 日本では長らく、昇給昇格という承認欲求を餌に、日本企業好みのパフォーマンスを引出してきた。しかし40代で供給すべき職位が激減し、定年延長で事態はさらに悪化する。
 充たされない承認欲求の埋め合わせとして他責や自責に耽る。具体的には、チームワークを乱すわがままな振る舞いや、無気力として問題になる。しかも意見してくれる先輩はいないし、年下の上司は遠慮してしまう。その結果、職場で無敵の厄介者になる。
 給料と地位が上昇し続ける期間よりも、下降し続ける期間が長くなったことが根本原因だから、我々の労働観そのものを環境変化にあわせて適応させるしかない。

 労働意欲の源泉を「昇給昇格(承認欲求の充足)」から「成長と貢献」にシフトする。具体的にはジョブ・クラフティングを実践する。ただし、本人の自覚がないと難しい。シニアは頑なになるのでさらに難しい。しかし、根気よく取り組めば、長期的には社会の労働観全体が改善する可能性がある。

労働観を混乱させる構造的要因

資料(6): 働かないオジサンになる人、ならない人(楠木新、2014)
資料(7): 働かないおじさんが御社をダメにする(白河桃子、2021)
資料(8): 「働かないおじさん問題」のトリセツ(難波猛、2021)
資料(9): 定年前と定年後の働き方(石山恒貴、2023)
資料(10): 50代からの幸せな働き方(高尾義明、2024)

 これまでの日本企業の特徴は【1】メンバーシップ型雇用と、【2】新卒一括採用にあった。会社の求めに応じてなんでもやる社員が望まれた。特技は不要だ。新卒はそもそも特技を持っていない。だから【1】+【2】は合理的な組み合わせだった。

 自分の特技を磨かなくても、会社の求めに応じて何でもやる ➡ 昇給昇格する ➡ 良い気分になる ➡ さらに会社の求めに応じる、という好循環が40代ころまで続く。それが急失速する。もともと社内の高位ポジションに限りがあるうえに、働き続ける期間が伸びたからだ。未来展望を失くしたまま20〜30年、働き続けなければならない。
 これは薬物依存に似ている。この場合の薬物とは昇給昇格だ。「働かないオジサン」は禁断症状に苦しみつづける。

 しかしこれは、昇給昇格という承認欲求だけを労働動機にしているからこその現象だ。一方で、高齢になっても明るく元気に働いている人はたくさんいる。そういう人は、まわりから一目おかれる特技や経験があり、自己成長と貢献を労働動機にしている。

 ハイパフォーマンスを引き出すために昇給昇格を餌にする。このやり方は、最初の20年間しか通用しない。その後の30年間ではむしろ企業にも個人にも害となる。
 まず働くことに意義や喜びを見つけてもらう。パフォーマンスと承認はその結果としてついてくる。今後はこのように、人材育成の目的そのものを逆転させることになるのではないか。

  • いくつになっても元気に働く心構えと行動習慣を若いときから身につける。つまり特技を磨き、経験を活かし、成長と貢献を喜びとする。

  • パフォーマンスと昇給昇格はその結果として後からついてくる。ただし、いくら頑張っても後半20〜30年間は地位と給料が低下し続ける可能性は高い。だからこそ「特技・経験を磨き、成長・貢献を喜びとする」ことはますます重要になる。

 そういう人には、昇給昇格と承認は自動的についてくるが、そんなものがなくてもご機嫌に働ける。そういう人は転職でも有利になる。

 労働観の転換が未来展望を改善する

 以下に要約するジョブ・クラフティングも、シニア対策として実施するだけでは「たそがれ研修」などと揶揄されて長続きしないだろう。頭の柔らかい若いうちからこうした学びを通じて「生き方上手」として成長するほうが個人も企業も社会も得ではないだろうか。

ジョブ・クラフティング

 資料(9)(10)によると、高齢者の再活性化策としてジョブ・クラフティング(エイミー・レズネフスキー、2001年)が注目されている。 

 Crafting とは「手作り」だから、担当業務そのものを自分用にカスタマイズすることを意味する。とはいえ担当業務を勝手に取り替えることはできないのだから、自身の心構えも含めて3ステップで既存業務の発展的改善に取り組む。言語化がこの作業の要となる。

  • 仕事の棚卸し: 自分のおもな担当タスクとかけている時間を書き出す。

  • 意欲源泉の棚卸し: (1)好きなこと、(2)得意なこと、(3)価値を感じること、を書き出す。(1)(2)(3)は一致しないことが多い。たとえば、音楽が好きだからといって誰もがミュージシャンになるわけではない。得意なことだから楽しいとも限らない。辛い仕事に耐えられるのも、お金のため、家族やコミュニティのため、顧客や同僚のため、自分の成長のため、といった複数の価値観に支えられているからだ。

  • ジョブ・エナジーの4象限: タスクを「やる気がでる、でない」「投入時間が多い、少ない」の4象限にマッピングする。やる気が出る仕事により多くの時間を投入できるように、3つの視点で見直しと改善に取り組む。(1)仕事の目的や役割(何のためにこの仕事があるのか)を解釈しなおす、(2)仕事への取り組み方を見直し工夫する、(3)仕事に係わる人々との関係性やコミュニケーションのやり方を、見直し工夫する。

ジョブ・エナジーの4象限
矢印の方向に移動するようタスクを見直す

 たとえば、品質管理業務や監査業務では「事後的な取り締まりに嫌気がさす」ことがある。そういうときに「人々を取り締まる」ことではなく「人々がルールを守れるようサポートする」ことに再定義する。「人々」は「監視対象者」から「サポートサービスの受益者」に変わる。「私」の仕事も「監視」から「サポートサービスの提供」に変わる。「私」は「人々」に貢献し、「人々」から承認される。

 念の為つけくわえると、シニアの働き方に関する記事や書籍はほぼすべて同じようなアプローチに言及しています。ただし、ジョブ・クラフティングという言葉のかわりに「Will・Can・Must」や「キャリア・デザイン」という言葉で説明されています。ジョブ・クラフティングが比較的新しい用語のせいであろうと思います。

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