見出し画像

胃もたれ・胸やけの正体:逆流性食道炎や機能性ディスペプシアのメカニズム

日常に潜む「もやもや」した胃の不調

食後に「なんだか胃が重い」「胸のあたりがヒリヒリする」といった不快感を覚えたことはありませんか? これらは一時的な食べ過ぎや飲み過ぎによる場合もありますが、慢性的に続いているようなら、逆流性食道炎(Gastroesophageal Reflux Disease: GERD)や機能性ディスペプシア(Functional Dyspepsia: FD)といった疾患が潜んでいる可能性があります。これらは健診で異常が見つからない場合にも発症し、しつこい「不調」を引き起こす点で厄介です。また、近年の研究では、GERDとFDは症状が重なり合うことがあり、両者の病態生理が一部共通している可能性が示唆されています[1][2][4]。本稿ではGERDやFDをテーマに病態を説明します。

消化管の構造と働きの基本
食べ物は口から食道、胃、そして腸へと運ばれる過程で、消化管はリズミカルに動き、酸や消化酵素を分泌し、食物を分解・吸収しやすい形へと導きます。その中で特に重要なのが、食道と胃の境界部にある下部食道括約筋(LES)です。LESは強い酸性の胃内容物が食道側へ逆流しないようにバルブの役割を果たしています。一方、胃は強い酸を分泌しつつ、内壁を守る粘液も産生し、微妙なバランスを維持しています。

逆流性食道炎(GERD)のメカニズムと原因
逆流性食道炎は、胃酸が食道へと逆流することによって生じる炎症です[6]。食道粘膜は強酸に対する防御が十分でないため、酸の逆流が起こると胸焼けや呑酸といった典型的症状を引き起こします。LESの締まりが弱まる要因としては、肥満、過度な飲食、脂っこい食事、就寝前の飲食、喫煙、アルコール摂取など、現代的な生活習慣が挙げられます。さらに、胃の排出能低下(胃内容物の排出遅延)や胃の容積的適応(アコモデーション)の乱れなど、機能的異常もGERDの発症や症状の持続に関わるとされています[1][6]。こうしたメカニズムはFDでも問題となる可能性があり、両疾患間で病態がオーバーラップする一因となり得ます。

機能性ディスペプシア(FD)という新しい疾患概念
一方、内視鏡検査で明らかな炎症や潰瘍がないにもかかわらず、慢性的な胃もたれや膨満感、上腹部痛を呈する場合は、機能性ディスペプシア(FD)が疑われます[7][8][9]。FDは、消化管に目立った器質的変化がないのに、「胃の動きが悪い」「胃が過敏である」などの機能的な異常が生じる状態です。ここには「脳-腸相関」が深く関与しており、ストレスや不安が自律神経バランスを乱し、胃の排出能やアコモデーション障害、さらには過敏な知覚反応を引き起こすことが示唆されています[8][9]。その結果、正常なら気にならない程度の胃拡張感が強い不快感や痛みとして認識されてしまうのです。

GERDとFDの症状の重なりとその意義
近年、GERDとFDはしばしば症状がオーバーラップすることが明らかになっています[1][2][4][5]。例えば、FD患者の中には、胸やけや酸の逆流感といったGERD様症状を呈する例が少なくありません[2][5]。さらに、機能性胸やけ(Functional Heartburn)は、非びらん性逆流疾患(NERD)よりもFDに近い特徴を持つことが報告されています[4]。これらの事実は、胃腸機能障害が単純に「胃」や「食道」のみに限られず、消化管全体及び中枢神経系との複合的な相互作用で生じることを示唆しています。

機能性ディスペプシアの診断・検査へのプロセス
胸やけや胃もたれが続く場合、多くの患者はまず内視鏡検査で器質的疾患(潰瘍や明らかな炎症)がないか確認します。必要に応じて食道内pH測定や超音波を用いた胃運動評価などを行い、それでも明確な異常が見当たらなければ、FDを含む機能性消化管障害が疑われます[1][2]。問診では生活習慣、ストレス状況、食事内容を精査することで、症状の背景にある心理社会的因子や消化管機能異常の特徴を探ることが重要です。

治療・セルフケアの選択肢
治療は原因や病態により異なります。GERDの場合は、胃酸分泌抑制薬(プロトンポンプ阻害薬:PPIやH2ブロッカー)、食道運動を改善する薬剤、さらに生活習慣改善が有効です[6]。具体的には、就寝前の食事を避ける、アルコール・喫煙を控える、体重管理を行うことなどが挙げられます。
FDの場合には、消化管運動促進薬や酸分泌調整薬、漢方薬の使用に加え、ストレスケアや心身医学的アプローチ、リラクセーション法、軽い運動、睡眠習慣改善が効果的な場合があります[8][9]。これらにより脳-腸相関を整え、胃機能を改善することで症状が軽くなることがあります。

まとめ
胃もたれや胸やけは、私たちが想像する以上に複雑な背景を持っています。明確な器質的異常を伴う逆流性食道炎と、目に見えない機能的異常による機能性ディスペプシアは、しばしば症状の一部を共有し、その原因や病態生理が重なり合うことが示されています[1][4][5]。正しい知識を得ることで、自らの症状を客観的に把握し、適切な医療相談やセルフケアを行うことが可能になります。「ただの食べ過ぎ」と片付けず、不調が続くなら専門家に相談し、生活習慣の見直しを図りましょう。理解が深まれば、胃と胸の「もやもや」を解きほぐし、健やかな日々を取り戻す一助となるはずです。


引用文献

[1] Geeraerts A. et al. Gastroesophageal Reflux Disease-Functional Dyspepsia Overlap: Do Birds of a Feather Flock Together? The American Journal of Gastroenterology. 2020.

[2] Talley N. Editorial: Functional (Non-Ulcer) Dyspepsia and Gastroesophageal Reflux Disease: One Not Two Diseases? The American Journal of Gastroenterology. 2013.

[3] Oude Nijhuis RAB et al. The Effect of STW5 (Iberogast) on Reflux Symptoms in Patients With Concurrent Dyspeptic Symptoms: A Double-blind Randomized Placebo-controlled Crossover Trial. Journal of Neurogastroenterology and Motility. 2023.

[4] Savarino E. et al. Functional heartburn has more in common with functional dyspepsia than with non-erosive reflux disease. Gut. 2009;58(9):1185–1191.

[5] Tack J. et al. Prevalence of acid reflux in functional dyspepsia and its association with symptom profile. Gut. 2005;54:1370–1376.

[6] Richter J. et al. Presentation and Epidemiology of Gastroesophageal Reflux Disease. Gastroenterology. 2017; 153(2): 287–307.

[7] Chua A. Reassessment of functional dyspepsia: a topic review. World Journal of Gastroenterology. 2006;12(19): 3022-3025.

[8] Oustamanolakis P. et al. Dyspepsia: Organic Versus Functional. Journal of Clinical Gastroenterology. 2012;46(3):175-190.

[9] Talley N. Functional Dyspepsia: Advances in Diagnosis and Therapy. Gut and Liver. 2017;11(3):349-357.

[10] Vakil N. et al. Sleep disturbance due to heartburn and regurgitation is common in patients with functional dyspepsia. United European Gastroenterology Journal. 2016;4(3):385–390.

※この記事はここまでが全ての内容です。
最後に投げ銭スタイルのスイッチ設定しました。
ご評価いただけましたらお気持ちよろしくお願いします。
入金後、御礼のメッセージのみ表示されます。

ここから先は

72字
この記事のみ ¥ 100

このコンテンツの内容が参考になりましたら、コーヒー代程度のチップでサポートしていただけると幸いです。