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切除不能胃がんが切除可能になる? まだ残されているかもしれない道
要旨
近年、胃がん治療の世界では「切除できない」と断定されていた進行胃がんに対し、新たな可能性を探る研究や臨床試験が活発化しています。さまざまな化学療法や放射線療法、さらには免疫系を利用した新薬の登場によって、これまで限界とされていたケースでも腫瘍の状態が変わり、条件次第では手術を検討できる段階に進むことがあり得るのです。
もちろん、治療プランは万人に共通するわけではなく、副作用への耐性や患者さんの体力・栄養状態、さらに合併症の有無などを多角的に考慮する必要があります。それでも、既存の薬剤に加えて分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などが組み合わされることで、「完治を目指せるかもしれない」という望みが生まれるケースが徐々に報告され始めているのは事実です。
一方で、治療効果が出るまでには一定の期間を要しますし、副作用への対策や生活の質(QOL)の維持にも目を配らなければなりません。術前化学療法から手術、そして術後の追加療法までの道のりは長く、体力的にも精神的にも負担が増える場面があります。患者さんとそのご家族が納得したうえで治療を続けるためには、多職種が連携し、患者さんの状況を細かくモニタリングしながら柔軟にプランを調整していくことが鍵となります。
さらに、「化学療法を受けたのに手術に至らない」ケースも少なくないため、事前の情報収集や複数の専門家からの意見(セカンドオピニオンを含む)を得る重要性はますます高まっています。とはいえ、一部の症例において「切除不能」とされた病状が変わり、再び「根治」を目指せる可能性が完全にゼロではないという事実は、患者さんや医療者にとって大きな希望と言えるでしょう。
このコラムでは、どのように治療プランを組み立て、どんな副作用が想定され、そして何が新たな突破口を開いているのかを、最新の研究結果や臨床現場での視点を交えてわかりやすく整理しています。意外なところに残されている「もう一つの道」が気になる方は、ぜひ本編を読んで、その可能性を確かめてみてください。
1.進行胃がんとは
胃がんは胃粘膜の細胞ががん化して発症する疾患であり、日本では比較的多くみられるがんの一つです。早期に発見できれば内視鏡治療や外科手術によって完治が期待できる場合もありますが、診断や治療が遅れるとがん細胞が胃壁の深部まで浸潤したり、リンパ節や他臓器へ転移することがあります。こうした状態を一般に「進行胃がん」と呼び[1-3]、患者さんやご家族にとって大きな不安材料となります。
進行胃がんでは、腫瘍が広範囲に及んだり、他臓器への転移が認められたりすることもあるため、「手術による根治切除(R0切除)が難しい」と判断されるケースが少なくありません[1][4-5]。このような場合は、手術単独ではなく、化学療法(抗がん剤治療)や放射線療法などを組み合わせた集学的治療が検討されます。近年では、術前化学療法(ネオアジュバント化学療法)や化学放射線療法を行うことで腫瘍を縮小させ、切除可能な状態に持ち込む「コンバージョン手術」が注目を集めています[5-6,9-11]。
2.化学療法(抗がん剤治療)の役割
2-1.化学療法の基本
化学療法は、抗がん剤を用いてがん細胞を抑制・攻撃する治療法です。がん細胞は正常細胞と比較して増殖速度が速い場合が多いため、この違いを狙って薬剤が投与されます。しかし、正常細胞にも一定の影響を及ぼすことがあり、副作用が生じる可能性は避けられません。
2-2.術前化学療法(ネオアジュバント化学療法)と術後化学療法(アジュバント化学療法)
胃がんの化学療法は、タイミングによって大きく次の2つに分けられます。
術前化学療法(ネオアジュバント化学療法)
手術前に抗がん剤を投与して腫瘍を縮小させ、切除しやすくする方法です。進行胃がんでは、術前化学療法を行うことでR0切除(がんを完全に取り切ること)の成功率が高まり、生存率の向上が期待されると報告されています[1-3]。術後化学療法(アジュバント化学療法)
手術で目に見えるがんを切除した後に、微小ながんが残存している可能性を抑えるために行われます。再発防止と長期生存率向上を目的とし、多くのガイドラインで推奨されています[3]。
特に進行度が高い症例や、最初から切除が難しいと判断される症例に対しては、術前化学療法が重要視される傾向があります[1-3,6]。まずは抗がん剤によって腫瘍を小さくし、手術が可能な状態に持ち込む「ダウンステージング」を狙うわけです。
3.コンバージョン手術(conversion surgery)の概念
3-1.切除不能から切除可能へ
従来、がんの進行度が高く「切除不能」と診断された場合、手術以外の治療(化学療法や放射線療法)を中心に進めることが多いとされてきました。しかし近年、化学療法の進歩により、「一時的に切除が困難とみなされたがんを化学療法によって縮小させ、その後に手術で取り切る」ことを目指す試みが増えています。これが「コンバージョン手術」です[5-6,9-11]。
たとえば、肝転移や腹膜転移などを伴う進行胃がんでも、適切な化学療法を行うことで腫瘍が小さくなり、R0切除が可能になるケースがあります。実際に、コンバージョン手術に成功した患者さんでは、長期生存率が改善する傾向が示されており、5年生存率が40%を超えるとの報告もあります[6-7,10]。
3-2.R0切除と生存率
胃がんの治療成績を評価する上でR0切除は極めて重要です。R0切除とは、肉眼的にも病理学的にも「がんを完全に取り切れた」状態を指します[1][5]。R0切除を達成した場合、再発リスクが下がるだけでなく、長期的な生存率の向上が期待できます。
術前化学療法や化学放射線療法を組み合わせることで、初回診断時には切除が難しいと判断された腫瘍でも、R0切除に至る可能性を高めることができるとされています[3-5,9-10]。このような治療戦略は、患者さんに新たな選択肢をもたらしているといえるでしょう。
4.化学放射線療法の役割
胃がん治療では、化学療法と放射線療法を同時に行う「化学放射線療法」も検討される場合があります。放射線療法は局所的に強い効果を発揮し、化学療法は全身的にがんを抑制するため、相乗効果によって腫瘍縮小が期待されるのです[4].
とくに局所進行が強い症例や、リンパ節転移が多数みられる症例では、化学放射線療法によってがんの活動性が抑えられ、結果的に手術の成功率を高める可能性があります[4]。一方で、放射線療法に伴う局所毒性や抗がん剤との併用による副作用リスクが増大することも懸念されます。適用範囲や投与量については、症例ごとに専門家の検討が欠かせません。
5.化学療法・放射線療法の効果を左右する要因
5-1.腫瘍の生物学的特徴
胃がんは一括りにされがちですが、実際にはHER2陽性や免疫チェックポイント阻害剤が有効なタイプなど、分子生物学的背景が多岐にわたります[2]. たとえばHER2陽性胃がんでは、トラスツズマブなどの分子標的薬を併用すると治療効果が高まる場合があります。こうした腫瘍学的特徴の違いによって、化学療法やケモラジ、コンバージョン手術の成否が左右されることがあるため、遺伝子解析や腫瘍マーカーの検査も重要です。
5-2.患者さんの体力・栄養状態
抗がん剤投与には、患者さんの体力や栄養状態が大きく影響します。十分な栄養状態が保てないと治療を継続しにくくなり、副作用のリスクも高まります。また、治療の副作用として吐き気や嘔吐、食欲不振などが生じれば、さらに栄養摂取が難しくなる悪循環に陥る可能性があります。したがって、管理栄養士や看護師との連携によるサポートが欠かせません。
5-3.合併症や年齢
糖尿病や心疾患などの基礎疾患がある場合、抗がん剤や放射線療法の副作用、あるいは手術そのもののリスクが上昇します。高齢者は一般的に副作用への耐性が低い傾向があるため、慎重な評価が必要です。コンバージョン手術を検討する際にも、がんの状態だけでなく患者さん自身の全身状態や合併症を総合的に考慮します。
6.実際の治療プロセスと注意点
6-1.長期戦の視点
進行胃がんの治療は、多くの場合、複数の治療法を段階的に行う「集学的治療」となり、長期にわたるケースが少なくありません。たとえばネオアジュバント化学療法を行い、腫瘍をダウンステージングした後、手術の可否を再評価するという流れをとると、治療期間はさらに長くなります。その間、副作用で体調が変動しやすくなるため、患者さんやご家族が治療に対する理解を深め、適切なサポート体制を整えておくことが重要です。
6-2.副作用と対処法
化学療法やケモラジの副作用として、吐き気・嘔吐、食欲不振、脱毛、倦怠感、骨髄抑制(白血球・赤血球・血小板の減少)などが挙げられます[2][4]. 個人差や薬剤の種類によって症状は大きく異なりますが、制吐剤の投与や成長因子製剤の使用などサポーティブケアが進歩しており、副作用を軽減することが可能になってきました。「少しでもおかしいな」と感じたら早めに医療スタッフへ相談することが大切です。
6-3.日常生活でのポイント
治療期間中は体力や免疫力が低下するため、以下の点を意識しましょう。
栄養管理
バランスのよい食事を心がけ、必要に応じてサプリメントや栄養補助食品を利用する。食欲不振が続く場合は、主治医や管理栄養士と相談する。感染予防
白血球が減少すると感染リスクが高まります。手洗い・うがいの徹底、人ごみを避けるなどの対策が重要です。適度な運動
完全な安静は筋力低下を招きやすいため、散歩やストレッチなど無理のない範囲で体を動かし、心身の維持に努めることが望ましいです。
7.コンバージョン手術の意義と展望
7-1.コンバージョン手術による長期生存の可能性
切除不能とされた進行胃がんに対して、化学療法によって腫瘍を縮小させ、その後にR0切除を目指す「コンバージョン手術」は、従来の「切除不能=手術不可能」という概念を覆す戦略として大きな注目を集めています[6,9-10]。実際に、コンバージョン手術を受けた患者さんでは、長期生存率の向上が報告されており、中には5年生存率が40%を上回る成績もみられます[7,10-11]。
7-2.適切な症例の選択
一方で、コンバージョン手術はすべての切除不能胃がん患者さんに適応できるわけではありません。化学療法の効果が十分に得られなかったり、患者さんの全身状態が手術に耐えられないと判断されたりする場合は、コンバージョン手術の実施は困難です。また、腹膜播種や多発転移が広範囲に及んでいる症例では、たとえ腫瘍が一部縮小しても切除範囲が大きくなりすぎる恐れがあります。したがって、どの段階で手術を行うか、どのような患者さんが最も恩恵を受けやすいかなど、症例選択に関する検討が進められています[9-11]。
7-3.今後の研究と新たな治療法
医療技術や薬剤は日進月歩で進化を続けています。分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤の登場により、さらに効果的な腫瘍縮小が期待できるケースも増えてきました[2-3]. これら新薬を含む化学療法の進歩によって、コンバージョン手術が適応できる患者さんの幅がより広がる可能性があります。同時に、新たな併用療法や投与スケジュールの最適化を図る研究も活発に行われており、今後の治療成績向上に大いに期待が寄せられています。
8.治療方針は症例ごとに異なる
胃がんはステージや腫瘍の性質、患者さんの体力や合併症など、多くの要素を総合的に考慮して治療方針が立案されます[1-3,6]。進行胃がんの場合は、手術単独ではなく、化学療法や放射線療法、コンバージョン手術を含むあらゆる選択肢が検討されるのが通常です。
複数の専門家—外科医、消化器内科医、放射線科医、病理医など—が一堂に会するカンファレンスで治療方針が議論される場合が多く、患者さんやご家族も積極的に参加・質問することが重要です。納得と理解の上で治療を進めることが、長期にわたる治療を乗り越える上でも大きな助けとなります。
9.まとめ
進行胃がんの治療は、化学療法や放射線療法、そして近年注目されているコンバージョン手術を含む多角的なアプローチで行われます。術前化学療法(ネオアジュバント化学療法)や化学放射線療法によって腫瘍を縮小させ、切除不能とみなされていたがんをR0切除へと導くことで、生存率が向上する可能性があります[1-3,5-6,9-11]。一方で、適応の可否は症例ごとに異なり、全身状態や合併症、腫瘍の生物学的特徴などを総合的に判断する必要があります。
「進行胃がん=手術不可能」という時代は終わりつつあり、新たな治療法や薬剤の開発によって、これまで得られなかった選択肢が広がっています。しかし、長期戦となることも多いため、患者さんやご家族が十分に理解し、納得のいく形で治療方針を選択することが大切です。不明な点は主治医や医療スタッフに遠慮なく相談し、必要に応じてセカンドオピニオンも活用しながら、ご自身に合った治療を進めていきましょう。
コラムの最後に:よくある質問(Q&A形式)
Q1:化学療法の副作用にはどのようなものがありますか?
A:吐き気・嘔吐、食欲不振、脱毛、倦怠感、骨髄抑制などが代表的です。薬剤や個人差によって症状の程度は異なりますが、制吐剤や成長因子製剤などのサポーティブケアが進歩しており、副作用を和らげる手段が増えています。気になる症状があれば早めに主治医や看護師へ相談してください。
Q2:コンバージョン手術を受ければ必ず長期生存が得られますか?
A:化学療法で腫瘍が十分縮小し、R0切除が達成できた場合には長期生存の可能性が高まると報告されています[6-7,10-11]。しかし、化学療法の効果が乏しかったり、患者さんの体力が手術に耐えられなかったりする場合は適応外となります。あくまで症例ごとの総合的判断が必要です。
Q3:セカンドオピニオンは受けるべきでしょうか?
A:治療方針に迷いがあったり、別の視点からの意見を聞きたい場合、セカンドオピニオンは有用です。多くの医療機関でセカンドオピニオン外来が設置されているため、遠慮なく主治医に相談してみてください。時間的・経済的な負担とも相談しつつ、納得のいく形で治療を受けることが大切です。
Q4:化学放射線療法(ケモラジ)はどのような患者さんに適していますか?
A:局所進行が強い胃がんなどで、放射線の局所効果と抗がん剤の全身効果を同時に狙う場合に考慮されます[4]。ただし副作用が増えるリスクもあるため、専門家による慎重な評価が必要です。
Q5:免疫療法や分子標的薬は試す価値がありますか?
A:HER2陽性胃がんではトラスツズマブが、免疫チェックポイント阻害剤が有効なタイプのがんではペムブロリズマブなどが用いられる場合があります[2][3]。患者さんの腫瘍特性やバイオマーカーによって効果は異なるため、主治医と相談しながら最適な治療法を検討することが重要です。
引用文献
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