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令和日本と「鬼滅の刃」、日本人に大和魂は戻るのか?

1. 序論(問題提起)

戦後80年が経過しようとしている現代の日本は、第二次世界大戦の敗戦から続く社会構造や価値観の大きな変容を経験してきました。敗戦直後にはGHQ(連合国軍総司令部)の占領政策によって、教育・メディア・政治などあらゆる領域にわたる改革が行われました[1-2]。それ以前に日本人の精神的支柱とされてきた「大和魂」は、軍国主義的な価値観として否定され、戦後民主主義と経済成長を優先する流れのなかでタブー視された面があると指摘する声もあります。

高度経済成長の果実を享受する過程で、日本人は物質的に豊かになった一方、少子高齢化や社会保障費の膨張、さらには海外投資の拡大による国内産業の空洞化など、多数の課題が浮き彫りになっています[3-4]。こうした課題のしわ寄せは、とりわけ就職氷河期世代以降の若い世代に及んでいるといわれ、現代社会の複雑さと相まって未来に対する不安を増幅させているのです。

そうした中、近年の日本では、歴史や文化といった伝統的価値観への再評価が進んでいます。その一つの象徴例として、「大正時代」を背景にした漫画『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)があります[5-6]。2016年から2020年にかけて『週刊少年ジャンプ』で連載され、単行本は全23巻で終了しましたが、その累計発行部数は2021年2月時点で1億5000万部を突破し、「史上最速の1億部突破」と評されたほどの驚異的な人気を博しました[7-8]。さらにテレビアニメ化、映画化、舞台化など、多方面へのメディアミックス展開によって国内外で社会現象となっています[6][9]。

本コラムでは、戦後日本人の精神変容や社会課題を概観しながら、“大和魂の再評価”という観点から『鬼滅の刃』が現代にどのようなインパクトを与えているのか、またどうしてこれほどまでに支持を集めたのかを紐解いてみたいと思います。あわせて、就職氷河期世代から若い世代に至るまで抱える社会的困難のなかで、“大和魂”がもつ価値や可能性についても論じていきたいと思います。

2. 戦後の意識変容と大和魂の封印

2-1. GHQ占領政策が与えた影響
第二次世界大戦後、日本はGHQの占領下に置かれ、大規模な社会改革が断行されました[1]。教育やメディアでは戦前の軍国主義的思想の否定が強調され、民主主義や個人の自由が新たな価値として押し出されたのは周知のとおりです。しかし、同時に伝統的文化や風習のうち、一部が“時代錯誤”と見なされ、教育現場から徐々に排除されていった側面も否定できません。

「大和魂」と呼ばれる精神性には、勤勉・責任感・忠誠心などが含まれていましたが、それらが戦前の軍国主義と一体化していたような印象を持たれたことで、戦後日本人の意識からは敬遠されがちだったと言えます。しかし、本来の大和魂はただ軍事的意味合いだけでなく、互いに助け合い、正義や誠実さを重んじるという普遍的な美徳を内包していたとも論じられています[2]。

2-2. 経済成長と民主主義の副作用
戦後の復興から高度経済成長期にかけて、日本人は長時間労働や集団的協力を厭わず、世界でも類を見ないスピードで経済発展を成し遂げました[3]。1970年代には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれるほどの経済的成功を収める一方、急速な都市化や核家族化によって地域コミュニティの伝統的支えは失われ、若年層の価値観も大きく変容しました。個人主義や自由競争が重んじられるようになった結果、かつての「公」に尽くす姿勢は次第に影を潜めていったのです。

一方で、民主化や個の尊重自体は日本社会に多大な恩恵をもたらしました。女性の社会進出や多様性の尊重など、ポジティブな変化があったのも事実です。しかし、外部資本の導入や海外投資の活発化が進んだことで、グローバル経済の中で生き残るために国内生産基盤の再構築や技術革新が急務となりました[4]。さらに、こうした構造的問題は政治に介入する外国スパイの暗躍リスクを高め、また政治家・官僚への信頼を失わせる一因にもなっていると指摘されています。

3. 日本社会が直面する具体的課題

3-1. 国民皆保険制度の危機
日本の社会保障制度の根幹を支える国民皆保険制度は、長らく世界に誇る仕組みとされてきました。しかし、超高齢化と人口減少が加速する中、医療費は年々増大し、財政負担が深刻化しています[3]。かつて“大和魂”の一側面だった「相互扶助」の精神が希薄化している社会では、社会保障のための増税や保険料引き上げに対して強い抵抗感があるのも事実でしょう。世代間の公平性をどのように確保するかは、社会全体の合意形成が難航している問題の一つです。

3-2. 海外投資による資産流出と生産能力の低下
国内の景気が思わしくない状況下で、多くの個人や企業は海外投資やグローバル展開に魅力を感じるようになりました。それ自体は決して悪いことではありませんが、結果として国内投資が停滞し、産業や技術への再投資が不足する“空洞化”現象が懸念されています。戦前から戦後初期までは地道に積み上げてきた技術力やものづくりのノウハウこそ大和魂的な勤勉さと相性が良いとされてきましたが、それらがグローバル経済の波の中で軽視されると、日本の生産基盤が徐々に弱体化していく恐れがあります[4]。

3-3. 政治家・官僚への外国スパイの暗躍
国際化が進む中での情報戦やロビー活動の激化は、日本と無縁ではありません。政治家や官僚が外国からの圧力に屈してしまえば、国民の利益が損なわれる恐れがあります。かつての“大和魂”的な「国を思う心」を持った政治家や官僚が減少したという論もあり、公務に対する意識がどの程度保たれているのか、疑問の声も少なくありません[1-2]。

3-4. 就職氷河期世代から若い世代へのシワ寄せ
1990年代後半から2000年代初頭にかけての就職氷河期で社会に出た世代は、非正規雇用や低賃金労働を余儀なくされ、大きなハンデを負いました。その後、景気が回復する機会も十分に与えられないまま、さらに若い世代に対して一層厳しい負担が予想される昨今、将来への展望が開けないという声も上がっています。こうした現状において、大和魂に根ざした「世代を超えた助け合い」や「公への奉仕意識」を再考することは、単なる郷愁ではなく、具体的な社会改革への足がかりになるかもしれません。

4. 若い世代・就職氷河期世代が直面する影響

4-1. 雇用環境の不安定化
少子高齢化の進行に伴って社会保障費や税負担が増す一方、若い世代の雇用環境は安定しにくい状況が続いています。非正規雇用や派遣からキャリアをスタートさせる人が増え、正社員としての安定した地位を得にくい構造が固定化しているともいわれます[3]。これでは、国民皆保険をはじめとする社会保障制度を支えるだけの財源を確保するのは困難です。将来的にさらに深刻化する恐れがあり、若い世代の間に悲観論が広がっています。

4-2. モラル・アイデンティティの揺らぎ
歴史教育の不十分さや「愛国心=軍国主義」という短絡的なイメージもあって、日本人が自国への誇りを持ちにくい状況だと指摘する声があります[1][2]。大和魂という言葉を口にすると、軍国主義や民族主義に直結するイメージが先行しがちですが、本質的には「困難に立ち向かう粘り強さ」「公と仲間のために尽くす献身性」「誠実・正直」といった普遍的な道徳観を含んでいるとも考えられます。若い世代がこうした精神性を自分たちの文脈で再解釈し、モラルの根幹に据えることができれば、将来への展望に光が差す可能性も残されているのではないでしょうか。

5. 日本再生への提案・展望

5-1. 教育・意識改革の必要性
ここまで述べたように、社会保障、産業空洞化、政治不信といった日本の諸課題は、突き詰めれば国民の意識や価値観の転換を要するものが少なくありません。戦後民主主義で得られた自由や個人の尊重を維持しつつ、戦前から連綿と引き継がれてきた良質な文化や美徳、すなわち大和魂のポジティブな部分を再評価することは、教育改革で大いに取り組むべきテーマだと思われます[2-4]。
学校教育だけでなく、生涯学習や社会人教育の場を通じて、日本の歴史や文化への理解を深める機会を拡充すれば、若い世代が自国の背景を知り、自らのアイデンティティを確立する助けになるでしょう。そして、それが新たな技術革新や地域活性化、さらには政治参加の意欲を高める土台になると期待できます。

5-2. 政治・行政改革
政治家や官僚へのスパイや不正献金の介入を防ぎ、公のために誠実に働く仕組みを作るには、情報公開や監視機関の強化が不可欠です[1-2]。さらに、公務員の責任を明確化し、市民の目が届く形で制度を運営することが、国民の政治信頼を取り戻す鍵となるでしょう。大和魂に基づく「公のために尽くす精神」がエリート意識や私利私欲に負けることのない社会構造を整えることこそが、長期的な課題解決の出発点になります。

5-3. 経済再生と産業育成
国内生産基盤や技術継承を維持し、日本特有の強みを再興するためには、地道な努力をコツコツと積み上げる大和魂的な勤勉さが大いに活きるでしょう。スタートアップやイノベーション促進策を拡充し、地方産業や中小企業に投資を呼び込みながら、若い人材に学びと挑戦の場を提供することが不可欠です。そこには「自分の国の未来を切り開きたい」という前向きな気概が求められますが、まさに“仲間のために尽くす”という大和魂の現代的継承が試される領域でもあります[3][4]。

5-4. 社会保障制度の抜本的見直し
国民皆保険や年金制度の維持・再編は、長期的な政治課題であり続けるでしょう。若い世代だけに負担を押し付けない制度設計と、ICT活用による医療費抑制、効率化が求められます。財源不足や高齢化による医療・介護費の増大は避けられませんが、そこで「いかに国民全体で痛みを分かち合い、将来への投資と負担を両立させるか」が試金石となります。互いを支え合う大和魂の要素を、民主主義や国際社会の価値観といかに融合させるかがポイントであり、就職氷河期世代から若い世代に至るまで公平に機会や支援が行きわたる仕組みが望まれます[3]。

6. 『鬼滅の刃』という大正ロマン:現代日本への示唆

ここで、大正時代を舞台とする『鬼滅の刃』を取り上げてみましょう。戦後から長らく続く「大和魂の封印」とは逆に、同作品は大正時代の日本を鮮やかに描き、その背景のなかで家族や仲間を守るために戦う主人公・竈門炭治郎の姿を通じて、日本人が忘れかけていた精神性を呼び起こした面があると多くの評論家が指摘しています[5-9]。

同作品は2016年から2020年にかけて連載され、単行本は全23巻[5-6]。戦後の漫画文化を牽引してきた『週刊少年ジャンプ』においても、極めて短期間で驚異的な売上を記録し、その累計発行部数は1億5000万部を突破したと報じられました[7][8]。テレビアニメ化により、主人公・竈門炭治郎や妹の禰豆子の健気な姿、仲間との強い絆、それを裏打ちする粘り強さや優しさが全国的に注目を集め、劇場版『無限列車編』は404億円を超える国内興行収入を記録して世界的ヒットとなりました[9]。作品内では、登場人物たちが示す「仲間を思いやる」とうメッセージ、そして柱である煉獄杏寿郎に代表される「誰かを守るために命を懸ける」姿が読者・映画視聴者の胸を打ったという声が多いのです。

人によっては、「時代背景が大正というだけで、実際に戦前の日本的精神を描いているわけではない」との見方もあるでしょう。しかし、『鬼滅の刃』という物語の世界には、剣戟や鬼退治などの和風モチーフや、日輪刀や和服などの日本文化が色濃く反映されています。それと同時に、登場人物たちのモチーフである「苦難に立ち向かい、弱い者を救おうとする」「簡単には諦めない」という“根性論”に近い姿勢は、多くの日本人がかつて共有していた大和魂的な要素と重なる部分があるといえます[5]。

特に、家族を守るため、妹を人間に戻すために、炭治郎があらゆる困難を乗り越えようと奮戦する様子は、戦後の個人主義や物質主義の潮流ではやや薄れつつあった「家族愛・仲間愛」を人々の心に鮮烈に呼び起こし大きな感動を与えました。また、現実世界で多くの若者が苦しむ就職氷河期やブラック労働などの問題と、作品中での過酷な修行や絶望的な戦いとが巧みに重なり合うことで、読者たちが自分自身や周囲の人間関係に対する強い共感を抱くきっかけにもなったのではないでしょうか[8-9]。

7. 結論

戦後80年が経過しようとしている日本で、大和魂が封印されてきたと主張する人々がいます。一方で、戦前の軍国主義を否定するあまり、日本人の伝統的な美徳までもが捨て去られてしまった面はないのかという再考の動きも見られます。GHQ占領政策や高度経済成長、国際化の流れは、それぞれに大きなメリットをもたらした反面、社会全体で引き継がれてきた精神的価値を揺るがし、結果として医療・雇用・政治など多方面での危機感を招いた部分もあるでしょう[1-4]。

ところが、大正時代を背景にした『鬼滅の刃』が爆発的ヒットとなり、家族愛や仲間を思いやる精神、弱き者を守るために命を懸けるというテーマが広く支持を集めたことは、“大和魂”と呼ばれる精神性の現代的復興に希望を与える出来事だったと見ることもできます[5-9]。作品内では、「封印されたはずの魂」がフィクションという形をとって蘇り、多くの読者や視聴者の心を動かしたのです。

今後、令和の日本社会が抱える深刻な問題を解決していくには、単なる懐古主義や過度なナショナリズムに陥ることなく、「相互扶助」「勤勉さ」「誠実さ」「家族や仲間を思う気持ち」といった大和魂の核となる部分を、民主主義や多様性重視の現代社会に合わせてアップデートする必要があります。就職氷河期世代や若い世代が味わってきた苦難を、社会全体が「公の問題」と捉え、時代に合わせた制度や教育システムを作り出すことこそが真の意味での“大和魂”再生といえるのではないでしょうか。

『鬼滅の刃』という大正ロマンの再評価が、私たちがかつて持っていた精神性を思い出すきっかけとなり、そこから新たな社会構築への動きが生まれることを期待したいところです。未来へ続く日本の道を切り拓くために、「公と仲間を思い、粘り強く困難に立ち向かう」覚悟を個々が持つこと—それは、戦後レジームをどう乗り越えていくかを模索する私たちにとって、決して過去への回帰ではなく、新たな価値創造の第一歩となるはずです。

PS: 「覚悟とは暗闇の荒野に進むべき道を切り開くことだ。」(by ジョルノ・ジョバァーナ)という言葉を思い出した。ジョジョ第4部を改めて鑑賞しつつ深く考察を進めよう。

引用文献

[1] Dower, John. Embracing Defeat: Japan in the Wake of World War II. W.W. Norton, 1999.
[2] GHQ. Reports of General MacArthur: Japanese Government Section. U.S. Government Printing Office, 1949.
[3] OECD. Economic Surveys: Japan. OECD Publishing, 2020.
[4] World Economic Forum. Global Competitiveness Report. WEF, 2021.
[5] Gotoge, Koyoharu. Kimetsu no Yaiba. Shueisha, 2016-2020.
[6] “鬼滅の刃.” 週刊少年ジャンプ, 2016年11号–2020年24号, 集英社.
[7] Oricon. “史上最速の1億部突破を果たした鬼滅の刃.” 2020.
[8] Nikkei Entertainment. “Why Kimetsu no Yaiba Is Loved by All Generations.” Nikkei BP, 2020.
[9] Aniplex. Demon Slayer: Kimetsu no Yaiba (Anime). 2019.

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池原久朝 / Hisatomo Ikehara, MD, PhD
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