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直腸がんに対する化学放射線療法で腫瘍は消える?

要旨

直腸がんは大腸の中でも肛門に最も近い部分に発生するため、手術の方法や切除範囲によっては人工肛門(ストーマ)の造設が必要になる可能性がある――そう聞くと、不安を抱かれる方も多いことでしょう。しかし近年、術前の治療法やフォローアップ手段の進歩により、人工肛門を回避するだけでなく、患者さん一人ひとりに合わせた多様なアプローチがとられるようになってきています。

本コラムでは、従来から行われてきた化学療法と放射線療法の“あの治療”がどのように用いられるのか、そして新しいコンセプトの治療ではいったい何が変わるのか――そんな疑問に答えられる最新情報をまとめています。さらに、治療後のフォローアップや、ある条件を満たした場合に“意外な選択肢”が浮上することなど、知っておくと安心につながるポイントもご紹介。

「人工肛門になってしまうかもしれない」という漠然とした恐怖に対して、どのような選択肢があり、どこまで今の医療で対処できるのか。実際の体験談や統計データをもとに、少しだけ深堀りしながらも、“最も気になるあの部分”はあえて伏せつつ、読後にはきっと前向きな気持ちが得られるよう構成しました。あなたが直腸がんについて抱えている不安や疑問のヒントになれば幸いです。ぜひ本編をじっくりご覧ください。

1. はじめに:直腸癌とは

大腸がんは、日本を含む先進国で患者数の増加が顕著な疾患です。その中でも直腸癌は、大腸の一番肛門に近い部分で発生するがんを指します。直腸は便の貯留や排出に関わる非常に重要な役割を担っており、がんの位置や病変の広がりによっては、便の通り道を十分に残せないことがあります。そのため、手術で直腸を大きく切除しなければならない状況に陥った場合は、人工肛門(ストーマ)を造設することが必要になるケースがあります。

「人工肛門になるのではないか」という不安は、直腸癌を告知された多くの患者さんに共通するものです。人工肛門があることで日常生活に大きな支障が出てしまうのではないか、社会復帰が難しくなるのではないか、といった懸念が生じます。しかし近年、治療技術の進歩によって、手術前に化学療法や放射線療法を組み合わせることで腫瘍そのものを縮小し、人工肛門の回避や肛門機能の温存をはかるケースが増えてきました。

特に注目されているのが「化学放射線療法」と呼ばれる治療法です。手術前に抗がん剤と放射線を同時に用いることで、高い治療効果が期待できます。さらに、海外を中心に「Total Neoadjuvant Therapy(TNT)」という、新たな治療方針も試みられています。これは手術前に放射線と抗がん剤を組み合わせるだけでなく、追加の化学療法を行うことで、より高い治療効果を狙うものです。

実際、標準的な術前化学放射線療法(nCRT)では、病理学的完全寛解(pathological complete response: pCR)と呼ばれる「組織学的にがん細胞が消失している状態」が約14%~20%とされています[3]。しかし、TNTを取り入れた場合には、そのpCR率が22%~25%程度まで上昇すると報告されています[1][3][4]。pCRが得られるほど腫瘍が縮小し、あるいは消失に近い状態まで改善すれば、肛門温存や人工肛門の回避が期待できるだけでなく、再発率や生存率の面でもメリットが認められています[3][4]。

本コラムでは、直腸癌における人工肛門造設のリスクや、その回避に関わる化学放射線療法の最新事情について詳しくご紹介いたします。なお、本稿の中で登場する医療情報は一般的な見解をまとめたものであり、最終的な治療方針は必ず担当医としっかりご相談ください。

2. 「人工肛門(ストーマ)」とは

2-1. 人工肛門の役割

「ストーマ(stoma)」とも呼ばれる人工肛門は、腹壁(おなかの表面)に腸を縫い付けて、そこから便を排泄できるようにする仕組みです。直腸癌の手術において人工肛門造設が必要になるのは、直腸の切除範囲が大きく、肛門が温存できないと判断される場合や、縫合部の安全性を確保するために一時的なストーマが必要とされる場合などが挙げられます。永久的に残る場合と、一時的な回避策として造設される場合がありますが、とくに永久的な人工肛門は患者さんに大きな心理的負担を与えます。

2-2. ストーマケアと日常生活

人工肛門を造設すると、排便はストーマ用のパウチ(袋)に貯まる形となり、定期的に交換や排泄物の廃棄を行う必要があります。現代では医療用具の進歩に伴い、ストーマパウチの機能性が高まっており、交換方法も整備されています。しかしながら、慣れるまでには日常生活のリズムを変える必要があり、精神的なサポートや看護師によるストーマケアの指導が不可欠です。「人工肛門になることで生活の質が大きく損なわれるのではないか」という不安は多くの患者さんが抱くものですが、実際には周囲のサポートや正しい知識の普及により、社会復帰を果たしている方も少なくありません。

2-3. 人工肛門を回避するための取り組み

直腸を温存して人工肛門造設を避けることは、多くの直腸癌患者さんにとって大きな希望です。そのため、術前治療(術前化学放射線療法、あるいはTNTなど)を行って腫瘍をできるだけ縮小し、肛門機能を温存できる手術方法を模索する流れが主流になりつつあります。近年では、病変が小さくなるほど肛門近くの正常組織をより残しやすくなることから、術前治療がますます注目されています。

3. 化学放射線療法による治療

3-1. 化学療法と放射線療法の併用

「化学放射線療法」は、抗がん剤を使った化学療法と、放射線療法を同時期に行う治療法です。単独では一定の治療効果を示す化学療法や放射線療法を同時に行うことで、腫瘍細胞に対するダメージを相乗的に高め、術前にがんを縮小させることを狙います。特に直腸癌では、肛門の近い部位に発生するがん細胞を少しでも小さくすることで、肛門機能を残せる可能性が高まるため、この術前化学放射線療法が広く行われてきました。

3-2. 術前化学放射線療法(nCRT)のpCR率

標準的な術前化学放射線療法(neoadjuvant chemoradiotherapy: nCRT)では、約14%~20%の患者さんで病理学的完全寛解(pCR)が得られるとされています[3]。pCRとは、手術で切除した病変を病理検査で詳しく調べたときに、がん細胞が組織学的に確認されない状態を指します。これは、非常に理想的な治療反応といえますが、逆にいえば8割以上の患者さんでは何らかの腫瘍細胞が残存していることになります。したがって、nCRTだけで全員が腫瘍消失に至るわけではなく、患者さんの体質や腫瘍の性質によって効果にばらつきがあるのが現状です。

3-3. Total Neoadjuvant Therapy(TNT)の台頭

近年、標準的なnCRTだけでなく「Total Neoadjuvant Therapy(TNT)」が注目を集めています。TNTとは、従来の術前化学放射線療法に加えて追加の化学療法を組み込み、手術前に集中的に治療を行うアプローチを指します。TNTを行うことで、腫瘍がさらに縮小し、pCR率が22%~25%程度に上昇すると報告されています[1][3][4]。これは従来のnCRTよりも高い数字です。このようにTNTを取り入れることで、病巣の消失率だけでなく、再発リスクの低減や全生存率の向上といった良好な成績が示されています[3][4]。

また、術前治療を集中的に行うことによって、腫瘍の浸潤度合いが下がりやすくなり、結果的に肛門括約筋や肛門周囲組織の温存率が向上する可能性があります。つまり、人工肛門を回避できる確率が上がるだけでなく、たとえ手術に至ったとしても、より小さな範囲の切除にとどめられるケースが増えることが期待されます。

4. 化学放射線療法によるメリット・デメリット

4-1. メリット

  1. 腫瘍の縮小効果
    術前に腫瘍が小さくなることで、切除範囲を狭められる可能性があります。結果的に肛門機能を温存できるチャンスが高まるため、人工肛門の回避につながりやすくなります。

  2. 局所再発のリスク低減
    術前に腫瘍を叩いておくことで、手術後の局所再発率が下がると報告されています。特に放射線療法は局所コントロールに有効とされています。

  3. 全身的な効果
    化学療法を組み合わせることで、局所だけでなく、血中やリンパ管を介して転移しそうな微小がん細胞も叩ける可能性が高まります。

4-2. デメリットや副作用

  1. 副作用(下痢・吐き気・倦怠感など)
    化学療法や放射線療法にはそれぞれ副作用があり、下痢、吐き気、全身倦怠感、白血球減少などが代表的です。これらが重なると体力やQOL(生活の質)が一時的に低下する場合があります。

  2. 治療期間の延長
    化学放射線療法は手術を行うまでに複数週間から数か月の治療期間を必要とするため、スケジュール管理が重要です。特にTNTでは追加の化学療法を組み込むため、さらに期間が長くなることがあります。

  3. 全員が高い効果を得られるわけではない
    がん細胞のタイプや患者さんの背景によって効果には個人差があります。仮にpCRが得られずとも、腫瘍縮小が不十分な場合には追加の治療戦略が検討されることになります。

5. 最新のトピックス:Watch and Wait戦略

5-1. pCR達成後の「手術なし」の選択肢

近年、化学放射線療法の効果が高まり、病理学的完全寛解(pCR)を得られる患者さんが増えてくると、「そもそも手術が本当に必要なのか」という議論も浮上してきました。特に、高齢で手術リスクが高い方や、手術による合併症が懸念される方などでは、がんが画像診断上もほぼ消失している場合に「Watch and Wait(ウォッチ・アンド・ウェイト)」戦略が試みられています。

5-2. Watch and Wait戦略のポイント

  • 厳重なフォローアップが必須
    手術を行わない代わりに、短い間隔で内視鏡検査やMRI、CTなどの画像検査を行い、再発や残存病変がないかを確認します。万一再燃が疑われる場合には、その時点で改めて手術を検討します。

  • 適応患者の選定
    Watch and Waitが適用できるかどうかは、腫瘍の進行度や患者さんの体力、合併症の有無など多角的な評価が必要です。特にpCRが得られたとしても、慎重に適応を検討しなければなりません。

  • エビデンスはまだ限定的
    Watch and Wait戦略は海外を中心に研究段階で行われており、長期予後に関するデータはまだ蓄積中といえます。術前治療で腫瘍が消失しているように見えても、ごく小さな病巣が残っている可能性は否定できず、再発リスクをいかに低減できるかが課題となっています。

6. 患者さんへのアドバイス

6-1. 治療法を選択する際のポイント

  1. 専門医への相談とセカンドオピニオン
    直腸癌の治療法は多岐にわたり、患者さん個々の病状によって最適解は異なります。主治医との十分な話し合いに加え、必要であればセカンドオピニオンを求めることも大切です。

  2. 自分に合った治療バランス
    化学放射線療法の効果だけでなく、副作用や入院期間、職場復帰、家庭の事情など、生活全体のバランスを考慮して治療法を選ぶことが重要です。TNTの場合、確かにpCR率の向上が期待されますが、長期にわたる化学療法や放射線療法による負担が増える可能性もあるため、自分が納得できる選択肢を模索しましょう。

  3. 手術のタイミングと治療間隔の考慮
    化学放射線療法終了後、手術までの待機期間(通常6~8週間など)を延長することで、さらにpCR率が向上する可能性があるという報告があります[5]。ただし、一方で治療期間が長引くことで患者さんの負担が増える側面もあるため、主治医とよく相談して決める必要があります。

6-2. 治療後のフォローアップ

直腸癌の治療は手術で終わりではなく、再発リスクの評価やストーマ管理など、継続的なケアが必要です。Watch and Wait戦略をとった場合はもちろん、手術を受けた場合でも、少なくとも術後数年間は定期的な内視鏡検査や画像検査を受け、万が一の早期発見に努めます。早期に対処することで、再発治療の選択肢を広げることができます。

7. まとめ

直腸癌は、大腸がんの中でも肛門に最も近い場所に発生するため、手術の方法や範囲によっては人工肛門(ストーマ)が必要となる可能性があります。患者さんにとって人工肛門は生活の質(QOL)に直接かかわる重大なテーマですが、近年の治療技術の進歩により、術前化学放射線療法(nCRT)やTotal Neoadjuvant Therapy(TNT)などを活用することで、腫瘍を縮小し肛門機能を温存できるケースが増えてきました。標準的なnCRTでもpCRが14%~20%得られるとされ、TNTでは22%~25%と、より高い効果が期待できます[1][3][4]。

また、若年者であることや腫瘍サイズが小さいこと、粘液性腺癌でないこと、腫瘍マーカー(CEA値)が低いことなどが高いpCR率と関連する要因として報告されています[2]。さらに、化学放射線療法完了後から手術までの待機期間を少し延長することで、pCR率が上昇する可能性があるという研究もあり[5]、今後は治療戦略やタイミングの最適化がますます進んでいくでしょう。

一方で、化学放射線療法やTNTには副作用や治療期間の延長といったデメリットも存在します。治療成績だけでなく、患者さん自身の生活背景や価値観を考慮したうえで治療方法を選択することが大切です。また、Watch and Wait戦略のように、pCRが得られた患者さんを対象にあえて手術を行わず、厳重なフォローアップのみで経過を見る選択肢も提唱されています。しかし、長期的な再発リスクを含めてまだ十分な検証段階にあるため、適応は慎重に判断されるべきです。

最終的には、患者さん一人ひとりに合った治療を選択するために、専門医との対話を重ねることが不可欠です。人工肛門になる可能性があるからといって悲観的になりすぎず、最新の治療技術や研究成果を踏まえたうえで、自分らしい治療選択を検討していただければと思います。

引用文献

  1. Fokas, E., et al. “Randomized Phase II Trial of Chemoradiotherapy Plus Induction or Consolidation Chemotherapy as Total Neoadjuvant Therapy for Locally Advanced Rectal Cancer: CAO/ARO/AIO-12.” Journal of Clinical Oncology, 2019, https://doi.org/10.1200/JCO.19.00308

  2. Lin, M., et al. “Factors Associated with Pathological Complete Remission After Neoadjuvant Chemoradiotherapy in Locally Advanced Rectal Cancer: A Real-World Clinical Setting.” Frontiers in Oncology, 2024; 14, https://doi.org/10.3389/fonc.2024.1421620

  3. Kong, J., et al. “Total Neoadjuvant Therapy in Locally Advanced Rectal Cancer: A Systematic Review and Metaanalysis of Oncological and Operative Outcomes.” Annals of Surgical Oncology, 2021; 28, https://doi.org/10.1245/s10434-021-09837-8

  4. Zhang, X., et al. “Total Neoadjuvant Therapy versus Standard Therapy in Locally Advanced Rectal Cancer: A Systematic Review and Meta-analysis of 15 Trials.” PLOS ONE, 2022; 17, https://doi.org/10.1371/journal.pone.0276599

  5. Petrelli, F., et al. “Increasing the Interval Between Neoadjuvant Chemoradiotherapy and Surgery in Rectal Cancer: A Meta-analysis of Published Studies.” Annals of Surgery, 2016; 263, https://doi.org/10.1097/SLA.0000000000000368

  6. Gambacorta, M., et al. “Timing to Achieve the Highest Rate of pCR after Preoperative Radiochemotherapy in Rectal Cancer: A Pooled Analysis of 3085 Patients from 7 Randomized Trials.” Radiotherapy and Oncology, 2020, https://doi.org/10.1016/j.radonc.2020.09.026

  7. Ryan, J., et al. “Predicting Pathological Complete Response to Neoadjuvant Chemoradiotherapy in Locally Advanced Rectal Cancer: A Systematic Review.” Colorectal Disease, 2016; 18, https://doi.org/10.1111/codi.13207

  8. Petrelli, F., et al. “Total Neoadjuvant Therapy in Rectal Cancer: A Systematic Review and Meta-analysis of Treatment Outcomes.” Annals of Surgery, 2020, https://doi.org/10.1097/SLA.0000000000003471

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