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腸内細菌叢の世界と難病「潰瘍性大腸炎」の意外なつながり
要旨
近年、「潰瘍性大腸炎」という病気の名前を耳にする機会が増えています。大腸の慢性的な炎症が特徴で、その症状や治療法については各種メディアでも取り上げられ、注目を浴びています。しかし、この疾患が実際にどのように起こり、どんなメカニズムで進行するのかは、まだはっきりと分かっていない点が多いのです。そこで、最近クローズアップされているのが「腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)」の存在。私たちの腸内には膨大な数の菌が棲みつき、健康のサポートから免疫調節にいたるまで、さまざまな役割を担っているといわれています。この腸内細菌叢の乱れが、思わぬかたちで大腸の炎症にかかわっているとしたら――。実は最先端の研究では、従来の治療薬とは異なるアプローチや、予防のための生活習慣改善の可能性が指摘されています。何気なく日々を過ごしていると、腸内環境の変化にはなかなか気づきにくいもの。しかし、もしそれが潰瘍性大腸炎の発症に関わるとすれば、私たちの暮らしをどう見直せばいいのでしょうか? 本コラムでは、そうした疑問を解き明かすヒントをやさしく解説します。
1.はじめに
近年、「潰瘍性大腸炎」という病名を耳にする機会が増えてきました。原因不明の難治性炎症性腸疾患として知られ、長期的な治療と管理が必要な病気です。潰瘍性大腸炎の患者さんは、腹痛や下痢、血便などの症状に悩まされることが多く、社会生活にも大きな制約が生じる場合があります。一方で、医療技術の進歩にともない、これまで十分には解明されてこなかった「腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)」との関係が徐々に明らかになりつつあります。
腸内細菌叢とは、私たちの腸管内に存在する膨大な種類・数の微生物の集合体を指します。具体的には、数百兆個ともいわれる多種多様な菌が、私たち人間の体内環境に寄り添いながら共存している状態です。これまでの研究によって、腸内細菌叢は消化・吸収だけでなく、免疫や代謝など多方面にわたり大きな役割を果たしていることが分かってきました[3,4]。とりわけ、慢性的な炎症を特徴とする潰瘍性大腸炎においては、腸内細菌叢の多様性の低下や特定の菌種の増減が重要な発症要因の1つと考えられています[1,2,6,8]。
本コラムでは、潰瘍性大腸炎の基本的な特徴や原因仮説を概説したうえで、腸内細菌叢の乱れがどのように潰瘍性大腸炎の病態に関わっているのか、さらに治療・予防の観点からどのようなアプローチが考えられているのかを分かりやすくご説明します。また、最新の研究で注目されている「プロバイオティクス(善玉菌製剤)」や「糞便微生物移植(FMT)」などの取り組み、今後の展望についてもご紹介します。
2.潰瘍性大腸炎とは
2-1.病気の概要
潰瘍性大腸炎は、大腸粘膜が慢性的に炎症を起こし、びらんや潰瘍が形成される炎症性腸疾患の1つです。主な症状としては、腹痛、下痢、血便が挙げられ、患者さんによってはこれらの症状が持続的に続いたり、ある期間に突然悪化(再燃)したりすることが特徴です。さらに症状が軽快し、一時的にほとんど症状が出なくなる「寛解」状態を挟みながら、寛解と再燃を繰り返す場合が多いとされています。
厚生労働省から特定疾患(指定難病)としても位置づけられており、患者数は年々増加傾向にあります。一般的に20~30代の若年層での発症例が多いですが、高齢での発症がみられることもあります。なお、潰瘍性大腸炎は遺伝的な要素だけでなく、免疫系や食事・生活習慣などの環境的要因、そして腸内細菌叢の変化など、多角的な要素が重なり合って発症すると考えられています[3,5]。
2-2.原因の考え方(多因子性)
潰瘍性大腸炎の原因は完全には解明されていませんが、一般的には以下のような多因子性モデルが提唱されています。
遺伝的素因
潰瘍性大腸炎は家族内発症の報告があることから、遺伝の関与が示唆されています。特定の遺伝子変異の存在が炎症反応を促進する可能性が指摘されていますが、単一の遺伝子が発症を決定するわけではなく、多くの遺伝子の組み合わせが影響していると考えられています。免疫異常
潰瘍性大腸炎では、自己免疫反応が腸管粘膜を攻撃しているとみられています。免疫システムが通常の制御を失い、過剰な炎症反応を引き起こすことで、腸粘膜を傷つける原因となります[3,4]。環境因子
食習慣(高脂肪食や過度な加工食品の摂取など)やストレス、喫煙状況などの生活習慣が影響すると考えられています。食物繊維の不足や過度のストレスが腸内環境を悪化させ、炎症を起こしやすくすると指摘されています。腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオシス)
最近、もっとも注目を集めている要因が「腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオシス)」です。腸内細菌のバランスが崩れ、一部の有益菌が減少して病原菌や炎症誘発菌が増えると、大腸のバリア機能や免疫調整がうまく働かなくなり、炎症が持続・増悪する可能性が指摘されています[1,2,6,8]。
3.腸内細菌叢の基礎知識
3-1.腸内細菌叢とは?
人間の腸管内には、数百兆個ともいわれる膨大な細菌が存在しています。これらの細菌は大きく分けて、「有益菌」「有害菌」「日和見菌」の3つのグループに分類されることが一般的です。有益菌とは、乳酸菌やビフィズス菌など、腸内環境を整えて体によい働きをする菌群を指します。有害菌は、病気を引き起こしたり毒素を産生したりする可能性がある菌群で、病原性大腸菌などが該当します。日和見菌は、健康時には特に害を及ぼしませんが、体調や免疫状態が低下すると有害に転じる可能性がある菌群です。
腸内細菌叢全体のバランスは、私たちの健康状態と密接に関係していると考えられており、「第二の脳」と呼ばれることすらあります。免疫機能の約7割が腸に集まっているといわれ、腸内細菌叢が適切に保たれていることは、外来の病原菌などから体を守るためにも重要です[4,5]。逆に、腸内細菌叢の多様性が失われると、免疫系の撹乱や慢性炎症を引き起こしやすくなると考えられます。
3-2.腸内細菌叢が身体にもたらす影響
消化・吸収の補助
食物繊維を分解して短鎖脂肪酸を産生するなど、体内では消化しきれない成分を分解し、エネルギーとして利用できる形にする役割を担っています。免疫機能の調節
腸内で病原菌が増殖するのを抑え、必要な免疫寛容を保つサポートを行います。腸内細菌叢が適度に刺激を与えることで、免疫システムの暴走を抑える機能もあるといわれています。ビタミン合成などの代謝への関与
ビタミンKや一部のビタミンB群の合成にかかわっていることも知られています。
4.潰瘍性大腸炎と腸内細菌叢の関係
4-1.腸内細菌バランスの乱れが炎症を誘発?
潰瘍性大腸炎の患者さんでは、腸内細菌叢の多様性が低下し、有益菌(乳酸菌やビフィズス菌など)の減少が報告されています。一方で、病原性や炎症を促進する可能性のある菌が増加しているとの報告もあります[2,6,8]。このように、腸内細菌叢のバランスが大きく崩れた状態を「ディスバイオシス(dysbiosis)」と呼びます。
ディスバイオシスが進行すると、腸粘膜の防御バリアが弱まり、腸管内での過剰な免疫反応が引き起こされやすくなります。これが結果として潰瘍性大腸炎の慢性的な炎症へとつながるのです。また、ディスバイオシスによる代謝産物の変化、たとえば短鎖脂肪酸の産生量低下などが、腸上皮細胞の健康維持や免疫調整機能を損なわせる一因になると考えられています[1,3]。
4-2.免疫の過剰反応
腸内細菌叢の乱れは、腸管内の免疫システムの恒常性を崩し、過剰な免疫反応を引き起こすきっかけになり得ます。もともと腸粘膜は、外界からの病原体をブロックしながら、体にとって有益な物質の吸収をコントロールする複雑な仕組みを備えています。しかし、ディスバイオシスが生じると、この微妙なバランスが崩れ、自己組織であるはずの腸粘膜を異物として攻撃してしまう自己免疫反応が強まります[3,4]。炎症を調節する免疫細胞群やサイトカイン(IL-17やIL-23など)の過剰産生との関連も指摘され、研究が進められています[10]。
4-3.具体的なエビデンス例
Firmicutes(善玉菌系)の減少とBacteroides(病原性を示す可能性のある属)の増加が認められる[2,6]。
乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスとして知られる菌種が減り、炎症を誘発しやすい菌種が優勢になる[8]。
腸内細菌叢の変化に伴い、IL-23/IL-17軸などの免疫経路が活性化しやすくなることで、炎症が持続する[10]。
こうした知見は、患者さんからの糞便サンプルや腸粘膜組織を調べる研究によって報告されており、潰瘍性大腸炎における腸内細菌叢の重要性が強く示唆されています。
5.治療と予防の観点から
5-1.現在の潰瘍性大腸炎の治療
潰瘍性大腸炎の治療法は多岐にわたりますが、主に次のような薬物療法が中心となります。
5-ASA製剤(メサラジンなど)
大腸の炎症を抑える効果があり、軽症から中等症の潰瘍性大腸炎でよく用いられます。ステロイド
強力な抗炎症作用をもち、重症または急性期の症状をおさえる際に使用されます。副作用を考慮しながら、必要最小限の期間での投与が原則です。免疫調整薬
アザチオプリンなど、免疫系の過剰な反応を抑える薬剤です。長期管理を目的として使用される場合があります。生物学的製剤
抗TNF-α抗体製剤や抗IL-12/23抗体製剤など、特定のサイトカインや炎症メディエーターを標的にする新しい治療法です。中等症~重症の患者さんに対して効果を示す例が報告されています。
潰瘍性大腸炎は再燃と寛解を繰り返す特性があり、安定期と急性期で治療方針が変わります。医師の指示を守りながら薬物を使い分け、長期的に病状をコントロールしていくことが重要です。
5-2.腸内細菌叢を意識したアプローチ
(1)プロバイオティクス
腸内環境の改善を目的として、「プロバイオティクス(善玉菌を含む食品・製剤)」の摂取が注目されています。たとえば乳酸菌・ビフィズス菌などの補充によって、有益菌を増やし、炎症を抑制する試みが行われています[1,5]。市販のヨーグルトや発酵食品に含まれる菌の中には、腸内を酸性に保つことで病原菌の繁殖を防いだり、免疫寛容を高めたりする働きが期待されています。ただし、潰瘍性大腸炎の全ての患者さんに同じように効果があるわけではなく、症状や個々人の腸内環境によって効果にばらつきがあるのが現状です。
(2)プレバイオティクス
プロバイオティクスとあわせて取り組まれることが多いのが「プレバイオティクス」で、これは腸内の有益菌のエサとなる成分(食物繊維やオリゴ糖など)を積極的に摂取することで有益菌を増やすアプローチです。食事面では、野菜や果物、豆類、海藻類などに多く含まれる水溶性・不溶性の食物繊維をバランスよく摂ることが推奨されます。
(3)糞便微生物移植(FMT)
近年注目されている治療法の1つに「糞便微生物移植(FMT: Fecal Microbiota Transplantation)」があります。これは、健康なドナーの糞便から採取した腸内細菌叢を、患者さんの腸内に移植することで、バランスのとれた腸内環境を再構築しようとする試みです[1,5]。従来は潰瘍性大腸炎に対するエビデンスは限られていましたが、近年の研究で一定の改善傾向が報告されつつあり、今後さらに研究が進めば標準治療の一角となる可能性があります。しかし、ドナーの選択基準や移植の手技的問題など、まだ解決すべき課題が多く残されています。
5-3.生活習慣の改善
潰瘍性大腸炎は薬物療法だけでなく、日々の生活習慣の見直しが大切です。具体的には、以下の点が推奨されます。
食生活の改善
食物繊維の豊富な食品を多めに取り入れる、発酵食品を積極的に摂取する、過度な脂質や添加物を控えるなど、腸内環境を整える工夫をすることが望まれます。ストレスマネジメント
精神的なストレスは腸内環境を乱す原因の1つです。適度な運動や趣味の時間を確保し、十分な睡眠をとるなど、ストレスを軽減することが再燃予防に寄与すると考えられています。定期的な通院と検査
潰瘍性大腸炎は長期的な管理が必要です。再燃の兆候を見逃さず、適切に対処するためにも、定期的に医療機関を受診することをおすすめします。
6.今後の展望
潰瘍性大腸炎の研究は、世界中で活発に行われています。特に「腸内細菌叢」を標的とした治療アプローチは今後さらに拡大する見込みがあります。
新しい生物学的製剤や低分子薬の開発
免疫系の特定の経路(たとえばIL-23/IL-17軸など)を狙った治療薬の研究が盛んに行われています[10]。腸内細菌叢の変化と関連づけた新規薬剤の臨床試験も進められています。パーソナライズド医療
個々人の腸内細菌プロファイルを詳細に解析し、最適な食事・サプリメント・プロバイオティクスなどを提案するパーソナライズド医療が注目されています。遺伝子情報と腸内細菌叢情報を統合して、より精密な治療計画を立てることで、従来よりも高い治療効果や再燃予防が期待されています[7]。FMTの標準化
FMTはまだ確立された治療法とはいえませんが、今後さらなる臨床研究が進み、ドナー選択基準や移植方法の標準化が行われれば、より多くの患者さんに適応される可能性があります。
ただし安全性や長期的効果を検証するためには、十分なエビデンスの蓄積が必要です。
7.まとめ
潰瘍性大腸炎は、大腸粘膜に慢性的な炎症を引き起こす難治性疾患であり、再燃と寛解を繰り返す性質を持ちます。遺伝的要因や免疫異常、環境因子など複合的な要因が絡み合って発症すると考えられていますが、とりわけ近年では腸内細菌叢の乱れが重要なキーワードとして注目されています。
腸内細菌叢は、消化・吸収だけでなく免疫調整や代謝など多様な機能にかかわり、そのバランスが崩れる「ディスバイオシス」は、潰瘍性大腸炎の炎症を持続・悪化させる要因となり得ます[1,2,6,8]。こうした知見を踏まえ、治療では従来の薬物療法(5-ASA製剤、ステロイド、免疫調整薬、生物学的製剤など)に加え、プロバイオティクスや糞便微生物移植(FMT)など「腸内細菌叢の再構築」を目指すアプローチが模索され始めています[1,5]。さらに、食事や生活習慣の改善を含めた総合的な取り組みが、長期にわたる病状コントロールや再燃予防につながることも示唆されています。
今後は、腸内細菌叢の個人差を考慮したパーソナライズド医療や、新しい免疫標的薬の開発が期待されており、潰瘍性大腸炎治療の選択肢はより多様化・高度化していくと考えられます。潰瘍性大腸炎と腸内細菌叢に関する理解が深まることで、患者さん一人ひとりに最適化されたケアとQOL向上が実現する未来が近づいているのかもしれません。
引用文献
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Zhang, S. et al. “Influence of Microbiota on Intestinal Immune System in Ulcerative Colitis and Its Intervention.” Frontiers in Immunology, 2017, https://doi.org/10.3389/fimmu.2017.01674
Zou, J. et al. “Cross Talk between Gut Microbiota and Intestinal Mucosal Immunity in the Development of Ulcerative Colitis.” Infection and Immunity, 2021, https://doi.org/10.1128/IAI.00014-21
Świrkosz, G. et al. “The Role of the Microbiome in the Pathogenesis and Treatment of Ulcerative Colitis—A Literature Review.” Biomedicines, 2023, https://doi.org/10.3390/biomedicines11123144
Gryaznova, M. et al. “Study of microbiome changes in patients with ulcerative colitis in the Central European part of Russia.” Heliyon, 2021, https://doi.org/10.1016/j.heliyon.2021.e06432
He, X. et al. “Relationship between clinical features and intestinal microbiota in Chinese patients with ulcerative colitis.” World Journal of Gastroenterology, 2021, https://doi.org/10.3748/wjg.v27.i28.4722
Dai, Z. et al. “Intestinal flora alterations in patients with ulcerative colitis and their association with inflammation.” Experimental and Therapeutic Medicine, 2021, https://doi.org/10.3892/etm.2021.10757
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