ハーバマスの近代主義
フランクフルト学派第二世代の重鎮であるユルゲン・ハーバマスです。
第一世代の多数がユダヤ人ですが、ハーバマスはドイツ人です。ハーバマスの課題意識はロールズと同じく社会民主主義的な基本政策の思想的正当化と戦後民主主義・資本主義の問題点の指摘です。ただし、ロールズが正義という社会構想に向かったのに対して、ハーバマスは人間が集まる場やコミュニケーションに着目しています。
ハーバマスは多作家ですが、『公共性の公共転換』と『コミュニケーション的行為の理論』が主著だと言えます。
『公共性の構造転換』
『公共性の構造転換』では公共圏という市民同士の対話の場が、近代においてどのように生まれて、現代になって衰退していったのかを描きます。
公共圏は18世紀の啓蒙の時代に中間層が集まるコーヒーハウスにて始まったとされています。ここでは、市民が身分の差を超えて対等に討論し合う「市民的公共性」がありました。貴族でさえ、平民と対等になることを望んだのです。
この市民的公共性は19世紀広範になって
・国家の介入の拡大(選挙権拡大や公共政策)による議論の必要性の低下
・マスメディアの発達による討論への参加から討論の”消費”への選好の変化
が原因で衰退していきます。
代わりに、市場経済に代表される社会圏と家族やプライベートの領域である親密圏が発生します。つまり、ハーバマスは公共圏は近代的理性を生みつつも、近代的理性の産物である国家と経済によって衰退させられたと主張しているのです。
『コミュニケーション的行為の理論』
『コミュニケーション的行為の理論』では理性に関する洞察がさらに深められています。
ハーバマスは先行するフランクフルト学派であるアドルノ&ホルクハイマーの理性批判のターゲットは「道具的理性」に限定されていると批判します。
つまり、理性には何個かの種類があるということです。ハーバマスは道具的理性に対して、コミュニケーションを通して相手のことを理解するための理性も近代において発達してきたので、それもしっかり評価すべきだという立場です。
図式的に整理したのが以下です
・道具的理性=アドルノ&ホルクハイマー=成果志向的=労働→システム(国家や経済)
・コミュニケーション的理性=ハーバマス=相互理解的=話し合い→生活世界
ハーバマスは近代が進むにつれて生活世界がシステムに浸食されているの考え、この事態を「生活世界の植民地化」と呼びます。
・生活世界:私たちが普段生きている世界で、日常的な言葉が使用される。コミュニケーション的理性によって社会の統合が図られる
・システム:特定のメディアを通して作動するプロセスの総体。国家と経済がその代表であり、前者のメディアは権力で後者のメディアは貨幣。
システムにおいては、面倒な言語行為を介さなくても取引が可能(別に店員に自己紹介しなくてもお金を払えば商品を買うことができる)
一面では安心・安全・便利だがシステムが自立しすぎると生活世界を脅かす。言い換えれば、友人関係ですら損得や権力関係に染まる。
ハーバマスは「生活世界の植民地化」に抗して「生活世界の合理化」を提唱し、生活世界におけるコミュニケーションのプロセスを明示化した。生活世界の欠点はコミュニケーションのプロセスが明示化されておらず、その結果コミュニケーションコストが高くなっていること。ハーバマスは生活世界のコミュニケーションで求められていることを明らかにすることで、そのコストを減らそうとしたのではないか?
ハーバマスによれば、近代化によって生活世界における行為に妥当な理由をつけることが可能になりました。
・真理性:この世界の客観的認識に関わる言明
・正当性:こうすべきだという倫理的・道徳的世界に関わる言明
・誠実性:自分の好悪や感情に関わる審美的な言明
→これらの合理性はカントの三批判書の構成と同じです。純粋理性批判=科学的認識=真理性、実践理性批判=道徳法則=正当性、判断力批判=趣味判断、美学=誠実性という対応です。
近代的認識論はカントが大きなターニングポイントなのである意味当然ではあります。
参考文献
坂本達哉 社会思想の歴史 2014 名古屋大学出版会
細見和之 フランクフルト学派 2014 中央公論新社
大澤真幸 社会学史 2019 講談社現代新書