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「言葉の贈り物...つながる想い..noteの街で...」心に浮かんできた言葉(040)

こんにちは「てると大吉」です。
写真はお正月の大吉。今年もよろしくお願いします。

さて、年末年始、noteの街のみなさんの記事から、僕はたくさんの「言葉の贈り物」をいただきました。コメントからも自分との対話のヒントや、思考の補助線とでもいうものをいただきました。ありがとうございます。

年末の記事では、「人とどう関わるか。時間とどう関わるか。それはどう生きていくか・・・。」などと、読み返すと気恥ずかしい言葉を綴ってしまいましたが、もうひとつ忘れていることに気づきました。

それは言葉とどう関わるかということ。

みなさんから届いた「言葉の贈り物」は、僕の心のなかにゆっくりとしみこみ、やがて僕自身の言葉になっていく。その僕の言葉は、またどこかで、誰かに届くかもしれない。そんなつながりを感じています。

そのためには、「想いが言葉になるのを待つ時間」が必要なのでしょう。
あせらずゆっくりと息をして待つ時間、いまここで確かに自分が感じている気持ちを、できるだけありのままで受け止める時間、そんな時間を持てたら・・・。

僕の今年のテーマのひとつが、この「言葉を待つ時間」のような気がしてきました。今、そう感じていることも大切にしたいと思います。

意識しないとなかなかできないので、こうして自分と対話しているとき、noteの記事を綴っているときがチャンスなのでしょう。

日々の暮らしのなかでは、いろいろなフィルター越しにものごとをみてしまいます。利害、打算、保身、エゴなどなど・・・。そんな無意識に囚われているかもしれないフィルター(ものの見方)に少しでも気づきたい・・・。

見えていることだけじゃないんだ。
言葉を待つ時間はそれを教えてくれます。

ここまで書いてきて、なぜだか早春のフキノトウ(蕗の薹)の姿を連想しました。残雪のなかに芽吹くフキノトウ。黄緑色の芽から春の訪れを感じる。そんな光景です。

その芽のもとには、長い根っこが、広く深く伸びている。見えないけれど。

根っこは掘り返さなくてもいい。そこにあることを忘れないでいれば。それが大切なのではと思います。シンプルにそう意識することは、フィルターに気づくヒントになるかもしれません。

言葉の贈り物がつながることで、想いがつながる。なによりも僕自身が考えさせられ、励まされ、温かな気持ちになれる。

noteの街のみなさんに感謝して、今年も自分との対話を綴っていきたいと思います。

2025年最初の記事です。読んでいただきありがとうございます。休み明けの1週間、当たり前の日々に感謝して過ごしたいと思います。
-2025.1.5-

※ 今年から記事は日曜日か月曜日に投稿しようと思います。よろしくお願いします。

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