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ここ一週間くらいの長い備忘録2

目を開けて真っ先に感じたのは静けさだった。
さっきまではあんなに賑やかで話し声も沢山聞こえていたのに、どうやらここで共に時間を過ごした彼らの多くはもう帰っていったようだ。背中についた草や土を払って建物内へと移動した。僕は帰りの飛行機をまだ取っていなかったのでこの後の予定は変幻自在という特殊身分。今自分はどうしたらいいか周りの様子を伺いながら、とりあえずそこに座っていた。「もう帰るね」と言った仲間とそこにいた数人で写真を撮って、見送った。また一人と帰っていき、終わりをより一層感じた。一概には言えないが、こういうのは見送る方が寂しいとか。

結局、僕は今日も会場に残って宿泊することにした。まだ数人残るようだったし、その方が都合が良さそうだった。軽く片づけをした後、歩いてスーパーに夜ご飯を買いに行くことになった。今何をしているのか、それはどうしてか、イベントはどうだったか、これからどうしたいのかみたいな話が中心だった。聞いた話の中で「少年心」というキーワードが、自分も今回のイベントを通して大事にしたいなと思ったという点で印象に残っている。

なんとかたどり着いた閉店時間の迫ったスーパーはやけにがらんとしていて、値引きされたお惣菜が飛び飛びに並んでいた。お惣菜が次々とカゴに入っていくのを眺めながらその目の前の背中についていく光景は、子供の頃に母親の買い物についていった時のことを思い出させた。いっぱいになった袋を下げてまた来た道を戻る。来たときはかなり語ることに集中していたことや、タイミング良く?悪く?死後はどうなるのかみたいな話題になったこともあり、木々に囲まれた深い森道を歩いて帰るのはなかなかに怖く感じられた。別にその話題今じゃなくていいだろ、と早く宿泊場所に着くよう心の中で念じた。

初日に参加者大勢で食卓を囲んだ食堂の中で、テーブル1つを囲んで夜ご飯を食べた。バター醤油エリンギが格別で、かきたまうどんは心まで温めてくれた。本日のシェフに大感謝。キッチンで戦力になれるようになりたい。
早速送られてきたイベント中の写真を見てこんなことがあったね、なんて話をした。今ここに残っている人たちは、自分よりこのイベントに対して中心的に・期間も長く関わっていた人たちだったから、そんな苦労もあったのかと、心躍る街のまた新たな側面を知った気がして、ひたすらこのイベントを支えてくれていたみなさんに感謝だなと思いました。

お腹もふくれたところで、シャワーへと向かう。広い会場にぽつんと数人だけという状況は少し心細かった。どういう流れだったかはあまり覚えていないけれど相談事をして、「生きる意味は自分でつくれる」という趣旨の言葉をもらって少し心が軽くなった気がした。それを体現しているその姿がめちゃめちゃカッコいいと思った。きちんと自分の生き方や人間的な深みを持っている人でありたいと思った。

シャワーから戻ると、なんとアイスクリームがあるということだった。壁にかかったスクリーンに映る18祭のBUMP OF CHICKENの映像を眺めながら、いつもは選ばないラムレーズンのアイスクリームを食べることはこの上なく特別で贅沢な時間だと感じた。映画を見ながら寝落ちしようという流れになり、歯だけ先に磨いて寝袋に入る。まあ案の定というべきか、15分もしたかどうかのうちに僕は眠っていた。


午前10時過ぎだろうか、目を覚ます。前日まではかなり遅かったのと、今いる空間には陽の光が入らずしっかり暗かったのでよく眠れた。身支度を整え、前日にスーパーで買ったパンを食べてエネルギーを補給する。今日は機材撤収などの力仕事がメインだ。午後4時の撤収に向けて動き始める。木材を農業用一輪車で運搬したり、見たことないような音楽機材を落とさないように慎重に運んだ。何往復したかわからないくらいには動き回り、午後四時少し前くらいには大体片付いた。

その後僕は第一便の送迎車に乗り込み、目的地が同じ仲間と共に駅へと向かった。車の窓から見える家などの人工的な建築物が並ぶ街の風景は、五日間森の中のキャンプ場で過ごした僕にはなんだか懐かしくもあり、目新しくも感じられた。スーツや制服を着た人たちの姿は、ここ数日の非日常を際立たせた。鮮やかなオレンジ色の夕焼けを背景にして僕の前を歩く三人の背中はやけに画になっていて、ずっとその光景を見たいたいような心持がした。

電車でしばらく揺られた後、駅で下車してスーパーに寄ってから今日の滞在場所へと到着した。ここには多くの仲間が集まる寄合的な場所と言ってもいいだろう。もはや誰が住人なのかがわからないほど、来客はここのことを熟知しているようだった。ソファに座るとようやく落ち着いたのか、少しぐったりとした。しばらくして、住人が帰ってきた。「おじゃましてます」よりも「おかえり」が先に出てきた。ここのホーム感は魔法であることを知った。

その後はみんなで寄せ鍋を囲んだ。美味い…沁みる….
もうひたすら幸せです。そういう時に言葉はなくなる。極めつけは締めの雑炊。旨味と優しさが至高だ。皆でこうやって美味しいものを食べるということは間違いなく幸せだと思った。こういう時間を自分も作りたい。

それからは先日までのイベントのことや、これからのことなどの語りで盛り上がった。時計を見ると午前0時。こんな時間にはなってしまったが、なんせ少ない荷物で来たものだ、そろそろ服を洗濯したい。というわけで、マップだけが頼りの夜の住宅街を歩き進んで、近所のコインランドリーへと向かった。30代くらいの男性一人がパソコンを開いて作業しながら乾燥が終わるのを待っていた。こんな時間にここで洗濯をするこの人はどのような生活をしているのだろうかと純粋な興味が湧いてきつつ、洗濯機のスタートボタンを押して、椅子に座って待つ。
さすがに眠気を感じる。この空間にはウィンドブレーカーのフードをかぶって壁にもたれかかっている自分1人になり、乾燥機へと移動したばかりの洗濯物が乾燥するのをもう少し待つ。イベントに参加した多くの人はもう日常に戻っていくのだろうが、僕はまだしばらく非日常なんだななんて1人で急に思った。

家(もうそう呼ばせてもらおう)に帰ると、先ほどより人数が増えていた。午後キャンプ場を出る時に送迎便を分かれたメンバーで、なんだか嬉しかった。だが明日は午前から予定があるので流石にもう寝なくてはと思い、準備をして眠る。適当な場所が探せなかったのでとりあえず床にそのまま眠ることを選んだ。気が付くと毛布がかかっていて、その優しさと二重で温かかった。寝付けないとか体が痛くなりそうとか思っていたが全然大丈夫だった。旅人のポテンシャルあるよと次の日言われた。



今日は青空。お天気に恵まれて予定を楽しめそうだ。だいたい予定通りの時間に家を出て、だいたい合っている便の電車に乗った。環状線でよかったというやつだ。東京ほどではないのであろうが、やはり通勤時の満員電車は嫌だと感じた。通勤がこの時間にかぶる仕事はできなさそうだと感じる。

待ち合わせに成功し、いざゆかん。平日の午前中だというのに観光客含む多くの人がいた。これでもまだ空いている方らしいが。入口を過ぎたところで広がっていたのは異世界だった。事前に、そこには私たちが想像できない規模の資本が投資されて作られた街があるからその世界観は注目してみて!とおすすめしてもらっていたが、その言葉通りすごい…!体験したことのない空間だ。

まあ、どうやら街並みは多くの人にとってはサブになることが多いようで、結局はアトラクションに乗ることになった。生まれてこのかた、は言い過ぎかもしれないが、僕は長らくそういうものを避けてきた。だから、自分は果たして乗れるのかどうかで微妙な気持ちになっており、楽しい時間なのだがしばらく顔を引きつっていたようだ。

その内心を持論と共に記述すると、まず自分はジェットコースターのようなものに楽しんで乗ることはできない。理由としては不安があること。いくら安全点検はされているとはいえ絶対なんてないことを前提とすると、自分を今支えているものが突然不具合を起こさないとも言い切れない。そこに命を預けられないという不安が乗っている間中続くのだ。ほら大丈夫だったでしょなんて結果論に過ぎないのだ。
一方で、ならどうして乗ろうとしているのかということについては、自分の世界が広がるのではないかという期待があったから。生きる意味を考えてしまうような自分にとって、死を感じるような極限の体験があれば、生に対してそれを心から肯定して前向きに捉えられるようになるのではないかという仮説があったからだ。
そんなことを考えてジェットコースターに乗る人はいないと言われたが確かにもっともなのかもしれない。上から聞こえてくる「キャー!」という声を僕はてっきり悲鳴なのかと思っていたが、あれは楽しんでいるのかもしれないという気づきは驚くべきものだった。諸説あり。

そうこうしているうちに乗る順番が来た。もうすでに若干疲れていた。安全バーを下ろす。本当に安全かは疑い続ける。疑っている私は疑えない。なんてことを言う余裕はない。というほど追い詰められているわけでもない。楽しくはない。が、渋い顔をしつつ、温泉がどれだけ熱いか足先だけで探るような心持で恐る恐る加速していく様を眺めていた。おそらく自分が体感したスピードでは最速だっただろう、景色が後ろに流れていく速さが凄まじかった。体がふわっとなる感覚に何度終わりだと思ったことか。両手を上げてわーいって楽しんでいる人の気が知れなかった。ぼさぼさになった髪をした空気の抜けた風船のような自分が戻ってきた。

結果から言うと、別に楽しくて乗りたい!となるわけでもなかったし、体が拒絶するほど無理だということでもなかった。一旦休憩も兼ねて別の場所を巡ろうということになった。振り返ると一番楽しかった時間はアトラクションに乗っている時間などではなく、待ち時間に話している時だった。本当にずっと話していた。自然体だった。なのでこのアメのような時間に対して、ジェットコースターというムチのような時間が時折挟まるという構図だった。新たな自分が開拓されたと信じたい。

なんとなくわかったのは座席が回転したりせずに、頭から足の方向に重力の矢印がある状態で進行するものはまだ許容できるということ。「うわっ…」みたいな気持ちはありつつも相変わらず黙った状態でジェットコースターにも乗れること、すなわち僕に派手なリアクションを求めることはナンセンスであるということ。感情スイッチを無にする方法を掴みかけたこと(?)
幸多くもあり、刺激的な時間を過ごしましたとさ。帰った僕を待っていたカレーは癒しでした。本当に感謝。もう少しお話聞いていたかったんだけど今日は毛布にもたれかかって先に眠った。











朝、目を開けて入ってくる白い天井の光景。
起き上がると白い壁を基調とした部屋が目に入ってくる。
昨日までと変わらない。

自分が部屋に一人だけということ以外は。

そうだ僕は昨夜帰ってきた。
まだうまく力の入らない体をそのままに天井を見つめる。



大学までの時間や次の予定までなら時間大丈夫だよと、一緒に串カツを食べに行ってくれた。窓側の席に移動させてもらえて滞在できる時間も少し伸びてゆっくり話せたこと、最後は抹茶ソフトクリームを上手く巻く流れになったこと。

The観光地の写真を撮った。先頭の歩くペースに置いていかれないようにしながらたどり着いたモード服のお店で「いつか着たい」と思ったこと。

家に着くと、なんだかもう今日は外に出る気力がなくなってしまって、それに合わせてくれたみんなと色々語っていたら夜ご飯も忘れて、気づいたら眠くなって、椅子の上で丸まるように眠ったこと。

最近はずっと晴れていたのに家の中からでも音でわかるくらいに雨が降っていた日、お昼にたこ焼きを食べてからお見送りをした。それから所見では絶対入りにくいカフェギャラリーでコーヒージンジャークリームソーダみたいな特殊なドリンクを頼んで、心躍る街の写真たちを眺めたこと。

家に帰ってからは野菜たっぷり合わせ味噌の鍋を囲んだ。沁みる…
締めのうどんは格別でした。”御”を前につけるべきです。

夜中には二年ぶりくらいになる友に再開した。なんだか不思議な感じがしたし、二年前よりオーラみたいなのがあると言われて嬉しかった。

翌朝、午後のフライトの前に駆けつけてくれた仲間。嬉しすぎる。何なら空港まで見送ってくれて、電車の切り離しがあるから注意してねといわれて心配していた自分にとってめちゃ心強かった。

確かに存在した時間の数々。それは思い出。


何より好きだったのは、自然に対話が生まれているあの環境。
価値観について対話ができる間柄。

その環境に集まる人たちの「あなたと話したい」という姿勢や、それをきちんと伝えられる文化が素敵だと思った。

そんな人たちが身近なのはちょっと羨ましくなってしまう。
いつもよりいろんなことを考えた時間になったし、共に磨き合っていけるようなそんな環境でさ。

眠そうな目をこすりつつも、時間に追われてあわただしく朝の身支度をしているみんなはここにはいない。

少し感傷的になってしまうくらいには愛しい時間だった。
ここにいてもいいという感覚になれる場は貴重だから。


でも悲観することはない。
またすぐに会える気がしているし、また会いに行く。

やっぱりみんながこっちに来れる場所もつくりたい。

とかさ、色々得たり・考えたりしたことあったでしょ。

だから前を見据えて、また再開した時に胸を張っていられるように。
こんなことがあったんだよって、嬉しそうに伝えられるように。

自分は自分の道を歩くこと。

孤立はせずに、頼れるときは頼って、辛い時は相談して。
逆に、自分は頼ったり、相談してもらえる存在でいて。


さあ、また今日も頑張ろう。

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瑛斗
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