誰かが体験した奇談。其十『墓場その3』
『A町Nにある墓場その3』
下着泥棒の話がでるずっと以前の話。
A町Nは、田舎だけあって夜に出歩いている人はめったにいないという。東京の夜を考えてはいけない。田舎の夜は街灯も少なく、本当に暗いんだと、古い友人が言った。
この友人は、深夜に地方銀行の支店の横でぷんとお線香の香りをかいだひとりだった。
そういえば、君もあの墓地で車の電気が消えたことを忘れていたんだよね。僕も、君に言われて線香の香りを思い出したよ。と、話す。どうして忘れていたんだろうね。
それでいとこの話を思い出したんだ。
いとこはちょうどあのあたりに住んでいて、火の用心の自警団や青年団なんかも活発に参加している人だった。
彼があるとき、飲み会に参加していてそのまま友人の家に行ったらしい。やっぱり家に帰るわといって、友人の家を出たのが午前2時ごろ。
酔っぱらっていたし、次の日も仕事があるとかで自分の布団で寝たかったらしい。
そこで通りかかったのが例の銀行の横。
笑顔で自転車に乗った老人がいて、すぐ横を通ったものだからこんな夜中になんだと思った時、老婆を見つけた。
今でこそ、足元がおぼつかないおぱぁさんは車のついた小さな歩行器を押して歩いていることがあるだろう。昔は乳母車を押して歩いている老婆がたくさんいたんだ。子供や孫が使わなくなった乳母車。今のようなおしゃれなものじゃなくて、箱というか籠というか、それに車輪がついていて、押して歩くもの。
そんな乳母車を押している老婆が、町の中を歩いている。それも深夜。真夜中だ。
いとこは、親切心でつい声をかけた。
「おばぁちゃん、どうしたのこんな夜中に」
老婆は嬉しそうに笑顔を見せたという。
「あら、うれしいね」
このあたりで見たことはない人だった。
「これから新しい家に行くんだよ」
「そうなの。道分かるかな」
「大丈夫わかるから」
そう言って、老婆は歩き出した。
問題はないだろうなと思ってそのまま帰ったという。
酔っていたせいで、不思議にも思わなかったらしい。
次の日になって、やはり妙にその老婆のことが気にかかる。そこで青年団の知り合いに電話したらしい。
すると、その老婆は何度が目撃されているらしい。
「どこに行くって言ってた?」
「新しい家とかなんとか」
「歩いて行った方角はさ、新しい墓地があるほう。つまり、壊された古い墓地から、新しい墓地にいくってことらしいよ」
どこかで聞いた風な話だろ。
僕の友人はそう言った。