私が体験した奇妙な事。其四
大学生の私が語る。『どくろ』
私は大学の時、音楽系のサークルに所属していた。自分で歌を作ってライブで発表したり、楽しいサークルだった。
夏には合宿があった。
昼間は、まじめに練習などをしているのだが、夜は怪談サークルとなる。毎夜怖い話を語り、肝試しをするのが毎年の恒例だった。
今思えば、『てけてけ』の原型となる『カシマレイコ』のそのまた原型となる富山の滑川の踏切事故だという『きじまさんの話』などが語られていたのを思い出す。体験談も多くけっこう本格的だったのだ。
私が2年生の時だったと思う。
練習も終わり、夕暮れ時にだらだら過ごしていた。合宿所の二階の部屋に布団が並べられ、一つ上のA先輩とその上のI先輩と私の三人がゴロゴロと転がって夕食を待っていた。
話し始めたのは怪談に定評があるI先輩。
その時しゃべっていたのは新聞配達での鉄道にまつわる怪談。
「これは本当にあった話なんだけど、ボクが新聞配達に行くとき、鉄道の下をくぐる道を通るんだよね。近道だから。トンネルではなくて、線路が見える小さな道。
ある日そこを通っていたら、小さな男の子が線路のところに座って足をぶらぶらさせていたんだ。その後ろに、黒い背広を着た男の人が立っていて、その男の子を見ていたんだ。
こんな朝早い時間になんだろう。まだ、電車が走っていない時間だから、近所の人がいるのかなと思ってその下をくぐったんだ。
ふと気が付くと、バイクのバックミラーには誰も映っていない。あれ、もう帰ったのかなと思い、振り返るとやっぱりいない。それからどうしてだか引き返したんだ。すると同じ場所にやっぱりいるんだよ、男の子」
「えーっ」
「どうして引き返したんですか」とA先輩。
「さあ、どうしてなんだろう。でも、引き返しちゃったんだ。よばれたのかな。で、また線路の下をくぐってもどると、やっぱりいない。ぞーっとしたね。考えてみたら、そんなところに人が入れるわけもない。あわてて配達所までいって、あわてて所長にあそこに男の子がいたんだけど、通り過ぎると見えないって話したんだ。
所長は、顔をあげてまた出たのかと言ったんだ。よく出るらしいんだ。昔はねられた男の子が。それから飛び込み自殺した人。それからもうそこは二度と通らない」
「こわっ」
部屋は薄暗くなっていた。
I先輩は、ぼんやりと私たちのほうを見ていたが、ごろりと体の向きを変え、目をごしごしこすっていた。
私が話したのは、ありふれた噂話。
同じ電車路線の噂ばなし。その路線の、最終電車にまつわるうわさ。その路線はある山の下のトンネルを通る。
最終電車に乗ると、そのトンネルの下を通るとき人が増えるといううわさがある。それも、労働者風の人が増えているのだそうだ。
トンネルを過ぎると人は元通り。でも、乗っている人はそれに気が付かないという。
実はトンネルの上には墓地があり、その鉄道が出来たときに事故にあった人たちの慰霊塔があるのだという話。
「増えたのを気が付くとどうなるのかな」
A先輩が言う。
「どうなるんでしょうね」
私はA先輩を見ていた。
それから、僕が体験した話を少し語る。
私はA先輩から目が離せないでいた。
A先輩の頬がだんだんこけていく。
顔が黒ずんでいく。
私は目をこすった。
A先輩の顔は、薄暗い部屋の中で頭蓋骨になっている。
どくろがしゃべっている。
目の奥は黒々とした闇。
怖いがI先輩を見ると平気な顔をしている。
これは目の錯覚だ。
私はごろりと寝返りを打った。
かちり。
I先輩が立ち上がり部屋の電気をつけた。
A先輩の顔は元の顔に戻っていた。そしてご飯だよと後輩が呼びに来た。
その日の怪談話も大いに盛り上がり、女子部員も青い顔をして震えていた。
終わりの頃だったと思う。こういう話をしていると、悪いものが寄ってくるので気を付けようという話になった。
「そういえば、さっき部屋で怪談話をしていたんですよね」
私が切り出す。
「その時、A先輩の顔がどんどん痩せていって、黒ずんでいって、どくろに見えたんですよ。なにか呼んだんですかね」
すると、隣にいたI先輩が大きな声を出した。
「お前もか!」
体を乗り出して言った。
「俺もどんどんAが痩せて、どくろになっていくから怖くて怖くて。錯覚だと思って目をこすったり、体の向きを変えたりしてたんだよ」
二人とも同じ顔を見ていたのだ。
震えあがったA先輩だが、その後何年か後には何事もなく卒業している。