まっちBOX Street 04 掌編小説
まっちBOX Streetという掌編について
1995年から2001年まで、福井県の無料自動車情報誌に連載していたものです。
登場する車が……古いなぁ。今の車の置き換えてみてくださいな。
73編あるのでぼちぼち公開します。
No4ついて 1995年10月
焚火の話ですが、昔はおおらかなものだったですね。始末だけはきちんとしましたが。
しかし、ライダーって誰かがテント張ってると寄り集まってくる習性があるよなぁ。小説よりもっとすごい話が現実にあったりして面白いんですが。
No4 焚き火
焚き火はちらちらと燃えていた。
こんな季節にキャンプなんかする奴の気が知れないとよくいわれるけれど、焚き火の前に座るだけで修は来てよかったと思う。
くすぶっている木の枝を取って、煙草に火を付ける。
空に向かって煙を吐くと、何千もの星が揺らいでみえた。
「きれいよね」
彼女が言った。
「冬の星座。わかるの」
「よく分からない」
あたたかい日本酒をそっと口に運ぶ。吐く息は白い。こんな時は内側からも温めなくてはやりきれない。
「もっと燃やさない?」
彼女は、両腕で体を囲むように言った。辺りは星明りで明るい。彼女は、焚き火に照らされて暖かい色に染まっている。
「たきぎが、あんまりないんだ」
山のなかの、林道でのキャンプは薪も自分で探してこなくてはならない。林のなかに落ちている枝や、枯れ枝を集めるのだ。
車でなら、薪を運んでくるだけだが、バイクはそうもいかない。食料も、林道に入る前の小さな村で仕入れるのだ。
「小さく、ゆっくりと燃やさないと。あんまり急いで燃やすとまた枝拾いしなきゃならないし、消すときも大変なんだ。ちゃんと始末しないと山火事になる」
「なったことあるの」
修は苦笑いしながら首を振った。
「寒いなら、ジャケットや着替えを着込むといいよ。それにこれ」
紙パックの日本酒を差し出す。
「日本酒弱いんだけど、まぁいいか」
彼女は明るく言った。
「でも、よくこんな林道の真ん中でキャンプする気になりますね。いつもなんでしょう」
修はうなずいた。
「気楽でいいからね。それに、キャンプ場はこの季節どこもしまってるよ。どこでも同じもんだよ」
彼女もオフロードバイクにキャンプ用品一式をくくりつけての旅の途中だった。たまたまテントを設営している修を見つけて、ずうずうしいとは思いながら、彼女も同じ場所にテントを張ったのだ。
ひとりより二人のほうが心強い。そいうことなのだろうと修は思った。修が危険な人物でないことを彼女はさっと見抜いたのだとも思う。
焚き火に不思議な力があるのと同じように、女性もまた不思議な能力があるに違いない。
「どうしてバイクで一人旅をしているの」
彼女が聞いた。
「どうしてかな」
修がつぶやく。
そんなことに理由なんてない。バイクに乗って貧乏旅行をしてみたら、それが自分の一番気にいった旅の方法だったというだけだ。それいらい地図を片手に、暇があればバイクにまたがり林道を探して走る。
「君は、どうなの」
「友達が、好きなの。こういうの。で、私を誘ったというわけ」
彼女は紙パックにストローをさした。ゆっくりと飲む。
「だから、バイクを買って、テントを買って、準備万端。誰もいないキャンプ場で思いっきり羽根をのばそうって」
「友達は?」
「ふられちゃったの。まぁ、彼だったんだ。なにも言わずに別れたんだけど、くやしいじゃない。だから、やれるとこまでやってやろうって」
彼女はあっけらかんと言った。
「やけっぱちに見えるけど、ぐじぐじしてるのはもっといや。あいつがあんなに好きだったんだから、キャンプにもいいところがあるんだろうって、それを確かめてやろうって」
「なにか見つかった」
「よく、わかんない」
彼女はちゅうちゅうストローを吸った。修は、もうひとつ紙パックを差し出した。彼女がにっこり笑って受け取った。
「でも、焚き火っていいなぁ。あったかい気分になる」
「知ってる? バイクってバックギアがないんだ」
彼女は修の言葉に顔を上げた。何のことだろうと思っている。
「前に進むしかないってこと。朝になれば分かるよ。今日はどこに行こう、どこまで行けるだろうって考えるんだ」
「ありがと、はげましてくれてんのね」
彼女は頬を染めて微笑んだ。
バイクをちらりと見る。白いTTレイドが夜露にぬれている。大型ガソリンタンクに明るいライト。セルスターターがついた旅のためのバイク。
「そういうふうに言われると、いいなぁ。ながくつきあえそうだなぁ」
修のバイクはXLR。95年にXRとしてフルモデルチェンジしてしまったが、永い間4ストオフロードバイクの定番として君臨したモデルだ。これも長いつきあいだ。
「オフはいいよ。高速も乗れれば、林道も走れる。旅の幅がぐっと広がるよ」
「ふむふむ」
彼女は楽しそうに聞いていた。
焚き火を囲んで、バイク談義に花を咲かせる。バイクの旅のたのしみの一つだ。
「そして、焚き火。いいよ。昔の人もこうやってたんだろうなぁって思う。見てて飽きないし、時間もつぶせる。話も弾む。酒も美味い。火があれば夜もこわくない」
「なるほど」
「焚き火には不思議な力がある。時を忘れさせる力、知らない者どおしを結び付ける力。寡黙なものを雄弁にし、お喋りはロマンチストになる」
「たしかに」
彼女はけらけら笑っていた。
「本で読めばきっとかっこいいけど、真面目に言われるとおかしいなぁ」
彼女はたちあがった。
「ね、花火やらない? 線香花火。夏の残り物持ってきたんだ」
はじけるように彼女は自分のテントに飛び込むと、花火を持って戻って来た。
秋の花火はなんだか、悲しかった。
ちりちりと火花がとび、しゅうしゅうと音をたてて火の玉が小さくなってゆく。
彼女は、笑いながら花火をしていた。やがて、鼻水をすする音が笑いに混じる。
修は顔を上げて彼女を見た。
彼女はこっそりと泣いていた。
「煙がね……」
彼女はなにかいいかけて止めた。
「唄の文句みたいだし」
笑いながらきっと彼女は泣いていた。修は何も言わなかった。
寒さで目が覚めたとき、修は一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
いつもそうなのだ。家のベットの上よりも、テントのなかのほうが良く眠れる。慣れたとはいえ、シュラフにもぐり込むまでは、いつもどこか不安を感じているのにだ。キャンプ生活というものが性にあっているのかも知れないなと、修はいつも思う。
外はまだ暗かった。夏ならばきっと明るいのに、秋は夜が長い。バイクで走り回る時間もぐっと短い。
手さぐりでマグライトをつける。弱い光が今は目に痛い。
テントは結露していた。中で人が眠っているのだ。水分が、内側で水滴を作る。テントが次第に湿っぽくなり、快適なはずの羽毛シュラフも湿っぽくなる。
今日は、どこにもいかずにテントとシュラフを乾かそうかという考えがふと修の頭をよぎった。でも、朝食が終わるころには、忘れているだろう。
テントから出ると、黒い空がゆっくりと白く変わろうとしていた。遠くの山が、黒から白へ、そしてゆっくりと緑と紅葉の赤が目覚めていく。その変化のひとときが好きなのだ。
草むらで用をすませ、バーナーでインスタントコーヒーを沸かした。
それからゆっくりと煙草に火を付ける。
彼女が起きたのは、朝食の時だった。良く眠れたようだった。眠れないなら、風邪薬を飲むというアドバイスが効いたのかも知れないし、彼女もキャンプが性にあっているのか知れない。
「おはようございます」
彼女はテントの入口から顔をのぞかせて、照れくさそうに言った。
焚き火はすっかり消えていた。花火のゴミもすっかり燃やされて、跡形もない。
彼女はゆっくりとテントから出て、伸びをひとつした。元気がはち切れそうだった。
「それ朝食なんですか」
ビスケットに魚肉ソーセージ、カップスープが今朝のメニューだった。それくらいで充分なのだ。
「あたしはこれ」
彼女はカロリーメイトと、缶コーヒーをポケットから取り出す。
「バーナーで温めましょうか」
修は手を伸ばした。彼女が手を伸ばした。
指先がふと触れた。