やえちゃんと孫④〜医療スタッフの孫 前〜
言語聴覚士として、孫として、わたしはどうしたい?
私は先ほどの症状が認知症の初期であることに気づいていました。ただ、年に数回しか会わず、たまたまかもしれない。そして県外に住んでいて介護ができないこともありました。
何より家族が問題としていないのに、認知症かもしれないから病院に行ってみたら?とは言えなかったのです。
認知症は、家族や本人が生活に問題があると感じた時に初めて病院に行き、診断してもらうことが多いです。ですので、問題はないと感じてる時は、認知症という言葉は伝え難いのです。
私はこの時、一つの決断をします。
せっかくこの資格をとって、仕事にしているのだから、やえちゃんの病気のために何かやってあげたい。少しでも進行を遅くしたい!と。
この想いが強くなりすぎて、後日やえちゃんに怖がられることになります。そして、家族からも言語聴覚士としてやえちゃんと接しないように。と言われることもありました。
介護はやらなきゃ!!の思いが強いほど、頑張りすぎて関係が悪くなると痛感しました。
最初の気づきから3年後ぐらいまでは、やえちゃんが認知症かも?ということは両親をはじめ親族には理解されず、四面楚歌な状態でしたので、〝私が〃やらなきゃ!!と、周囲に頼るということを諦めてしまったと思います。
この時、やえちゃんのことを相談するのは、日常的に認知症の方々と接している職場の同僚達でした。同僚たちは常に認知症の患者さんと家族の関係を患者さんの数だけ関わってみています。
振り返って思うのは、家族の理解は時間が必要ということと、問題が表面化した時に私たちはどう対応するか?その答えを常に用意しておくしかないなぁって。
でも、当時はもどかしくて、どうにもならなくて、だけど、なんとかしたい。そんなジレンマの中で過ごしてました。