スズキ ダイスケ
自分の俳句と、それをもとにした日記を書いてみました。
二月尽悲しきかほの消しゴムと 子供の宿題の丸つけをしてやろうと、問題集を開いたらなんだかとぼけたような顔をした消しゴムがこちらを見ていた。 二月の白く柔らかな陽光が、宿題も消しゴムも柔らかく包み込んでいる。 静かに静かに、何かが過ぎ去っていく。それが、二月のある一日なのか、子供時代なのか、あるひとつの人生なのか、私にはわからない。 ただ、ただ白い、白い一日。
こどもの日いつから母をははと呼ぶ いつから自分の親のことをよそで他人に言うときに、父や母と言うようになるのだろうか。 お父さん、お母さんと言うのに気恥ずかしさを覚えるようになるのは小学校の高学年か中学生くらいになるのか。 小学校でも受験して入るような小学校では、面接の時に自分の親のことを、父、母と呼べないようでは受からないから、そういった家庭では幼稚園の子供にも、よその人の前では自分の親のことを父、母と、呼ばせるのだと聞いたことがある。 受験のことはさておき、そうやって
鉄線花鉄路の果てにある昨日 鉄線花の蔓はしなやかで勁く、その線の美しさは時にまっすぐに、時に弧を描きつつどこまでも伸びてゆく鉄路のそれを思わせる。 もう四半世紀も前になるが、高校時代は電車で通学していた。部活動の朝練があったから、朝6時を少し過ぎたくらいの電車に毎日飛び乗っていた。 そのくらいの時間だと、車両の中には朝練のある高校生と、早朝からの仕事のある労務者風の人々が数名乗っているだけだった。毎日毎日、同じ車両の同じ席にその人たちは座っていた。 名前も知らないし、も
天道虫背負った星を知らずして 天道虫は自分がいくつ星を背負っているのか知らないだろう。七つ星なのか、二十八星なのか、はたまた二つだけなのか。 あれで仲間を見分けることはあるのかも知れないけれど、きっと自分の背負った星を見ることは一生ないのだろうな。 そんなことを思う。 天道虫が野に現れるこの季節、人間の世界にも、天道虫さながら大きなランドセルを背負った新一年生たちが現れる。ランドセルの下からシャツがはみ出したりしている子は、羽をうまく畳みきれなかった天道虫にそっくりだ。
春雨の線カッターの傷に似て 今日も一日、雨が降っていた。 雨降りの日でも、降り方の強弱や光の加減などで、雨の線はくっきり見えたり、反対に空の白さに溶けてしまって見えなかったりといろいろだ。 ふと、小学校の頃、図画工作の授業で使っていた画板というものを思い出した。画板とは絵を描くときに使う、画用紙を留め置く為の板のことだ。図工室の画板はどれも使い古され、無数のささくれと傷にまみれていた。 あの頃どんな絵を描いていたかは思い出せないが、傷だらけの画板の乾いてざらついた感触だけ
黒鍵に遅日の影の長くあり 虚脱している。あの日の私も、今だって私は。 小学一年生の頃、音楽の授業で、鍵盤ハーモニカを人前で一人ずつ吹くということがあった。 私は楽器の演奏が苦手だった。鍵盤を押しながら息を吹き込めば何とか音は出るはずなのだが、それすらもできなかった。 遠くから教師の叱責と級友たちの笑い声が聞こえるような気もするが、呆然自失してしまって何の反応もできなかった。 そんな子供だったなぁ、と思う。そんな子供だったことも忘れて自分の子供を叱責する、そんな大人にな
愛別離苦たんぽぽされど風を待つ 早春の野のまだ肌寒い空気の中に、黄色い花弁を凛と広げていたたんぽぽが、もうすっかり綿毛に変わっている。 中には、綿毛まですっかり飛ばし終えて、頭は丸坊主になってしまい、細い茎だけが風に寂しく吹かれているものもちらほら見られる。 春も終わろうとしているのだ。 綿毛はどこまで飛んだのだろうか。 まだ、旅の途中なのだろうか。 綿毛を飛ばし終えたたんぽぽは、綿毛のことを思っているのだろうか。 そんなことを書けば、擬人法が過ぎると言われてしまうだ
りっしんべん書きて春霖窓を落つ 雨が降っている。 いつまでも止まない、長い雨だ。この季節の長雨を春霖というらしい。 結露して曇った窓に誰かが触れ、そこだけが透明に外の世界を写している。窓の外側を雨粒が垂れていく。 水滴の塊の落ちていく軌跡が、何か文字を描いているようにも見える。 りっしんべん。 ふと、そう思った。人間の心を表す漢字の部首だ。 りっしんべん。 この雨はどこに落ちていくのだろう。 雨が降っている。長い雨だ。 心にまで染みてきそうな、長い雨なのだ