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「できる男」はできるフリをしない
お盆前に新幹線に乗った。乗った時には空席があったが、すぐに満席になった。
2人がけの窓際に座る私の横にも、30歳前後の男性がやってきた。無言で座る人もたまにいるけれど、「ここいいですか」とちゃんと礼儀正しい。
腰かけた彼はテーブルを下ろし、ノートパソコンを広げ、その横にスマホを立てた。そして、オープンイヤーイヤホンを装着。スマホでビジネス系のYouTubeを見ながら、パソコンでメールを打ち始める。
私は個室に押し込められた格好になった。パソコンと彼の腕で通路から完全に遮断されている。
そのうえ、スマホの音声が聞こえる。イヤホンからの音漏れではないような……。スマホの画面をマジマジ覗き込んでみたが、音が出ていることに気づかないのか、確信犯か、反応なし。
――これは、暗に私に見ろってこと?
パソコン画面も隠すことなく、堂々と仕事メールを打っている。見ようと思えば、あて先や内容だって読めそうだ。
移動時間も無駄にせず、スマホでビジネス情報を仕入れながら、パソコンでメール処理。
――いかにも「できる男」だね。すごいねー。
でも、そんなポーズを見せる人ほど、あんまり仕事ができなかったりするんだよなぁ。
なんでそう思うかというと、昔の私がそうだったから。
電車内やカフェで仕事をするのが好きだった。人目があると仕事がサクサク進んだ。少しでも賢そうに見られたかった。それは取りも直さず、賢くなかったということ。つまり、大した仕事はできなかった。
隣の彼は、変わらずメールを打っている。
そこへ、とある駅からインド系と思われる女性が乗ってきた。彼女は彼のところに来ると、自分のチケットを見せた。指定席がどこなのか教えてくれということらしい。「できる男」っぽい彼なら、英語くらいペラペラしゃべると思ったのだろう。
それとなく覗くと、チケットには12号車とある。ここは2号車。10車両分歩いて前へ行けと教えてあげなくてはならない。
隣の彼は「あー」と言ったきりモゴモゴ。満席の周辺客がこちらを気にしているのがわかる。おせっかいな私は、口を出そうか迷った。
その時。
通路の向こうに座っていた、一見うだつの上がらないオッサンが、スラスラしゃべり始めた。
“Just open the door and go through the cars to the car no. 12. It’s a long way but you have much time. Don’t worry. Just go through. No problem. .....”
女性が出ていくと、オッサンは何事もなかったようにスンと背もたれに収まり、読んでいた本に戻った。
――か、かっこいい♡
イガグリ頭の地味なオジサンが、急に大学教授か大会社の役員に見えた。ギャップ萌えだ。周りの人たちも心の中で「おやおやっ?!」と思ったに違いない。
大げさだけど、こういうのがホントに「できる男」じゃなかろうか。即座に必要な対応が取れる機動力とコミュニケーション能力。そして普段は省電力。
彼の英語は衒いなく淡々としていたが、それでいて相手への気遣いが感じられた。なんてさりげなく、スマートなのだろう。「できる男」は、できる風を装わないのだ。
ふと隣の彼を見ると、「ありがとうございました」とオジサンにきちんと頭をさげている。
私は青年が少し気の毒になった。できる男風だったのがアダとなり、受けなくてもいいダメージを食らったのではないか。
彼だって彼女に何とか伝えられたのかもしれない。気後れして出遅れたのだろう。それは、きっと少し自信がないから。「できる男」の演出は、未熟な自分を守る鎧のようなものだ。
――大丈夫。あなたも、あのオジサンと同じ年頃には、本物の「できる男」になっているよ。誰だって成長するには年月と経験が必要なのだ。
人は見かけによらない。欠点やコンプレックスは隠したいし、もっと高度になると、戦略的に全く違う「顔」を装ったりする。だからこそ人間観察はおもしろい。外観に突出したものを感じると、「その裏には何があるの?」と覗きたくなる。
若き日「仕事ができない」というコンプレックスがあった私は、ついぞホンモノの「できる女」にはなれなかった。
でも歳を重ねた分、少しは賢くなったと思う。今や「バカなオバチャンのフリ」という最強の鎧を、必要に応じてまとえるようになっている。
確認しておくけど、これはあくまでも「フリ」だからね!(笑)