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母は飯炊き魔

母はご飯が無いことを異常に恐れる。

認知症で何も記憶できない母にとっては、目の前にあることだけが真実だ。
残りご飯が冷蔵庫にあっても、炊飯器に無いと「無い」ことになり、ご飯を炊いてしまう。
残りご飯を自分で茶碗に盛り、電子レンジにスタンバイさせても、目の前からご飯が消えるから、ご飯を炊いてしまう。

仕方なく、内釜を隠した。

母は「内釜をどこへやった」と大騒ぎ。「1食分ずつ冷凍したご飯をレンジで温めるから、内釜は要らない」と諭しても、「ご飯は炊飯器で温める」と譲らない。
ある程度説得してもわかってくれないので放置した。

翌日、冷凍ご飯を食べ尽くしたので、なんだか減りが早いなあと思いながら、米を研ごうと炊飯器を開けた。
すると、冷凍ご飯がラップごといくつも詰め込まれている。ーーこれ、いつから?!

仕方なく、内蓋も外して閉まらないようにした。

かくして、わが家の炊飯器はいつも全開。
内釜はない。内蓋もない。
そして内釜があるべき窪みに、「ご飯はたくさん炊いて冷凍してあります」という札が突っ込んである。

それでも母の飯炊き攻めは止まらない。
ある時は、内釜のない炊飯器に冷凍ご飯が入れられ、水が張られていた。
またある時は、蓋をしたフライパンにラップにくるんだご飯が入れられ、コンロの上にセットされていた。

できる限り台所に陣取って、飯炊きを阻止しているのに、ふとした拍子に出し抜かれる。発見するたび、「なんじゃこりゃー!!」である。
どんだけご飯を炊きたいんだ!と腹が立つやら可笑しいやら。

特に、夕食後から寝るまでは、「米を研ぐ」にご執心。軽く20回は、ご飯の有る無しを確認する。
「さっきも確認したよ」と言っても、実際に物を見るまで安心しない。「冷凍してある」と教えると、どこが冷凍庫かわからないから、冷蔵庫の扉をバンバン開け閉め。
そして、ご飯を見つけると、炊飯器に放り込もうとしたり、「これじゃ足りない」と言い張ったり。
ーー朝食に何杯ごはんを食べるつもり?! てか、いったい何人家族やと思てんの?!
3人しかいないのに、7人分を作ったこともあるから笑い事ではない。
こんな攻防が数分おきに繰り返される。

ようやく布団に入っても、まだまだ油断できない。寝付くまで延々、「お米研いだっけ?」と人を呼びつけたり、起き出して来たり。
センサーマットの陽気なメロディが、今では恐怖の効果音に聞こえる。

認知症のせいだけれど、こんな風になってしまう母が私はちょっぴり怖い。だって、道理が通じないから。
道理が通じず分かってくれないのは、言葉が通じないのと同じ。宵の母は異界の人だ。

まるで「妖怪飯炊き婆あ」。
その言葉に聞き覚えがあるのだけれど、検索しても説明が見つからなかった。
きっとそれは、家族のために来る日も来る日もご飯作りを強いられた女性の強迫観念じゃなかろうか。
案外、母のような普通の女性の、普通の老い姿なのかもしれない。

(初めてCanvaで画像生成してみた)

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