60代、70代になって必要なのは……
最近、60代、70代の先輩方と一緒に働いている58歳、Mノです。
ついに、同世代や若い人たちの多いところから、高齢者の働く世界に足を踏み入れてしまいました。
未だに現役で仕事しようという皆さんですから、元気で頭もしっかりしてます。スマホに入れたスケジュール表を指でなぞりながら、
「来週って休みかしら?」
と聞かれるので、
「そうみたいですね~」
とこちらは紙の手帳を開きながら答えるという。いや、どう考えても逆でしょうと心の中でつぶやきつつ。
「デジタルは得意」をアピールするお年寄りを見ながら、自分もパソコンができることを若い世代にアピールしていたなあと思い出しました。
マウントを取ってくる人間はうざい
というのは、みんなが感じていることでしょう。
仲良くなった67歳の野沢菜さんは
「女性はやたら旅行に行った写真を見せたがるし、男性は定年前の仕事の話ばかりするんだよねえ」
とぼやいてました。
なるほど、孫自慢だけかと思ったら、経済的な余裕や過去の肩書もアピールポイントになるようです。
「嫌な話は軽く受け流した方がいいよ。聞いてくれると思ったら際限がないから」
というのは、独身の子供を持つ同世代、小松菜さんからのアドバイス。
そんな中で感じたのは、私も、そして周りの人たちも、この年齢だからこその悩みはどうやら同じだということです。
仕事よりも求めているのは……
子供が巣立って家を出れば、話し相手がいなくなります。
近くに結婚した子供がいて、孫でも遊びに来れば多少は違うでしょうけど。
「夫と会話してもねえ」
旦那も元気なら外に出てもらいたい。そして、自分もまた人のいる場所に出かけていきたい。その理由は「話し相手が欲しいから」
経済的な理由よりも「世間と繋がっていたいから」
「でも、働きたくても働けない人って結構いるのよ」
給料をもらう為には体が動く必要があるので、「立ち仕事」ができないとなかなか難しいようです。
私も膝に水がたまって立ち仕事を辞めた時には、「仕事なんてあるんだろうか」と思ったのでその気持ちはよくわかります、その結果、今のような働き方になったわけで……
一件でもらえる給料が安いので3件合わせてようやく8万を越えるくらいです。
ボランティアに頼る「市の福祉事業」
今やっている仕事の一つに、市の「福祉事業」があります。
市から委託されて運営しているわけですが、企業に任せるだけでなく、ボランティアを募っている場合も多いようです。
子供食堂や登下校の見守り、小学校の環境整備など、高齢者のボランティアなんだとか。
私たちから見れば「無給で仕事する」なんてありえませんが、お金のある有閑マダムや経済的に余裕のある退職者も参加していて、そういう人達は良いものを食べているせいか、見た目も若々しく活動的です。
高齢でもXやインスタをやっていたり、そもそも目立つために来ているので、スマホを肩からぶらさげ、お洒落な服を着て、相手が誰だろうと遠慮せず好き勝手にやっています。
「金持ちは歳をとっても優位なのか」
と思うのはお金の無い人間のひがみですが、やはり「美味しいものを食べられる余裕」は大切なようで、畑で取れたものを手作りして食べている農家の主婦も、元気でよく動きます。お金持ちがスレンダーなのに対して、こちらはちょっとポッチャリ系。
高齢者の悩みとは
結局、私が感じた今の高齢者の悩みは、「健康なのに人と関わる場が少ないこと」。経済的に余裕があっても外に出ないと孤立してしまいます。
以前ならカルチャースクールが定番でしたが、今はどこも70代以上が多く、仕事をしている50代、60代がぜんぜん入ってこないそうです。そうなると、ボランティアでもしなければ若い世代に会えません。
「家に居ても仕方が無いから」
というのは私も同じです。
「仕事よりもまずは自分が入れるコミュニティを探したい」
そのためには「お金をもらうために仕事する」だけの環境では意味がなく、「お金よりも居場所のあること」が重要です。
働きやすい職場。
そんな職場を見つけられるのかどうかわかりませんが、私も欲しいのは人との関りであり、社会における自分の居場所。
お金を払って習い事をしたり、無償のボランティアに参加するのではなく、お金をもらえる場としてのコミュニティを求めています。
出かける場所のある幸せ
歳を取れば取るほどコミュニケーションが減る一方となれば、少々問題があっても仕事があるのはありがたいこと。
単純作業にうんざりしますが、昨日も憂鬱な気分を引きずりながら餅屋で働いてきました。
数日前には、「会話に入れないので辞めたい」と書いたんですが、昨日は同じレジ担当のおばちゃんと二人きりだったこともあって、
「いきなり輪に入れなくても、そこに存在することが大切なんじゃない?」
そう言われて少し気が楽になりました。
女性特有のグループ意識はしょうがなくても、「受け入れる懐の広さ」はあるようです。さすがに年の功というか、この年齢の人たちとうまくいかなかったら、その先の未来が見えてこないような気がします。
いくらネット記事を読んでも不安になるだけなので、こうして実際に生きている人たちにもっと色々な話を聞いてみたい、そして、今後どうするかという具体的な目標をはっきりさせたい。
これからの時代、もう60歳ではなくまだ60です。私たちの老後はこれまでの人たちとはまた違ってくるでしょうから、そうなれば、
「もっと強気で行動してもいいのかもしれない……」
60にはまだ時間があるので、人生の先輩方と関わりながら、自分なりに将来を見据えつつ頑張ってみようと思います。