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母と息子 170『魅惑の魂』第3巻 第2部 第98回

 アネットは思っていた。マルクのことを強く心配して、それを愛情として示すことは、かえってマルクを苦しめているのではないか。だから愛情をこれ以上は出すのはやめようと、あきらめに似たものを感じていた。この気持ちは、シルヴィだけに打ち明けていた。そしてマルクのことをシルヴィに全面的に任せることも考えていた。一方、マルクのほうは最近では母親の拘束が少なくなったことに気づき、なにか漠然とはしているものの、寂しさも感じだしてはいた。そうしてシルヴィに話した。夏休みになったら、アネットに会い行くことを考えていると…
 しかしそれは二人にとっては早すぎる試みになってしまった。アネットは遠くからならマルクの気持ちを和らげて、多くの愛情を注ぐことができていた。ところが目の前にマルクがいては、それはできなかった。アネット自身はこの何ヵ月もの間は、愛情を注ぐものもなく乾いた気持ちで心は死にかかっていた。彼女は、心の中で叫んでいた。一滴でも愛を… だが本心が愛の激流を求めていた。彼女はシルヴィが教訓のように言ったことを思い出しなから考えもしていた。だがそれは無駄なことかもしれなかった。
「愛されれたいときには、こっちから愛をあんまり見せちゃダメなんだから!…」
 …そんなこと隠せるものなのだろうか? だってそれじゃ中途半端なことになるだけじゃないかしら! 半分だけ愛するなんてできないことよ! そんな半分なんてわたしはいやだ。マルクもこれに似た考え方をしていた。母も息子も二人とも、すべてが得られなければ無でしかなかった。
 …そのときのアネットは、すべてが欲しかった。だがそれがマルクにとっては無になるものでもあった。

つづく

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