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母と息子 129『魅惑の魂』第3巻 第2部 第57回

承前

「病気や、死ぬことが… 同じじゃないって?」
「そうだよ、君も小さかったころのことを覚えてるだろうけど。病気にかかったときだって、だれもが同じだったなんてことがあっただろうか? … 病気になって、自分がもうすぐ死ぬと知ったときに、あとに残す家族のことを心配する必要もないってこと、そしてベッドで安らかに死ぬこと、それも贅沢なんだよ。でもそんな生活をしていれば、それが贅沢だなんて、気づきもしないのさ。 …人が苦しんでいることが何であっても、本当だろうと嘘だろうと、苦しみって、些細なことじゃ、けっしてないんだよ。だからわしは、みんなを気持ちを思ってしまうんだ。君にしろ、わしにしろ、だれにだって悩みを抱えているんだ。けれどもそれは、身分相応のものであって、だれもが同じだなんて、言えやしないんだよ」
「でも、人って似たところもあるんじゃないのかな… ピータン」
「人ってみれば、その通りかもしれない… でも、生きるってこと、生活は、そうは言えないんだ… 君にとって、君自身とっての、仕事って何だろう? 君は言うだろう、仕事は神聖だってね! 君の、君にとって一番いい連中でも、一番悪い連中でも、そうだ、人の痛みに縋ってる蛭のような連中でも、仕事をしているだけで君は神聖なものを、観ている気になってる。そしてさらに言うんだろう! 働かない者は、生きてる権利もないんだってね… そう言うのも結構だよ! でも、拘束され、休むことも許されなくて、何も考えることもできない、そこから逃げだす希望もなく、窒息しそうで、盲目にされ、中毒さえ起こしかねない仕事、そんな中で縛られて牽かれる獣のような仕事、そんな仕事がどんなものか、君は考えたことがあるだろうか? そんな仕事が美しいなんて、だれが言えるんだ! 神聖なんて言えるだろうか? 考えてみればわかるんじゃないかい! そんなに人を酷使しながらも、そのおかげで安楽に生活してる連中なんて、わしらには、どこまでも他人としか言えないんだ! そうじゃないかい?」

つづく

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