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母と息子 76『魅惑の魂』第3巻 第2部 第4回

承前

 四方の壁の一方からは、皮なめし工場の臭いを漂わせる溝が流れていた。その悪臭が湿気で満ちた教室にまで遠慮なく忍び込んでいて、そこは家畜の飼われているような悪臭が漂っていた。生徒たちは鼻がつまっているのか、そこには十何人か、多くても二十人くらいが、その匂いを気にする様子もなき固い腰掛に坐っていた。秋が終わるころの霧に混じって中庭の緑がかった窓から漏れてくる黄ばんだ空気の中で、のたくっているだけだった。ストーブの煙りで窒息しそうになると、だれかしらドアを開けるようだった(窓はけっして開かないようになっているようだった。)霧が立ち込め、皮の匂いが、皮がなめされいる匂いがした。それでも生きた皮の匂いよりはは、爽やかさを感じるのだった。
 だが女とは、適応することも早いもののようだ。いままでの生活が、どんなに洗練されたものであっても、清潔で健康的な匂いにどれほど慣れていても、必要とあればどんなに不快なことでも、男より容易に適応する能力を身につけていると思われる。それは、病気に直面したりすれば、はっきりとわかるものだった。女の眼や指にはまったく嫌悪感を観ることがない。アネットの嗅覚も現状を受け入れていた。彼女は周りと同じように、鼻に皺を寄せもしないで漂う香りを吸い込も、呼吸していた。だが彼女が受け入れられないものは、ほかのところにあった。それは魂の匂いだった。彼女の中で考えようとする気持ちは、感覚ほど柔軟ではなかったようだった。

つづく

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