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母と息子 54『魅惑の魂』第3巻第1部 第54回

承前

 今を覆う毒にマルクが影響を受けていた。それは大人よりも大きくひどいものだった。彼は身体も心もが柔らかったから、家の中でも外でも何かが起こったなら、それから逃れられることはできなかった。好奇心も大きかった。彼の眼と耳、感覚、全身が一つの共鳴体になっていた。電気を帯びた毒がら放射される神経の波を大きく受信して捉えた。それは彼は知性よりも成熟していて、良心の不穏な混沌を麻薬にように嗅ぎつけたのだろう。
 彼にはだれよりも早く気づいていたことがあった。この煤煙が漂う今になって同居人の姉弟の運命が読める気持なっていた。それは理解とは言えないが、深くは読んでいた。さらに母親よりずっと前に、クラリス・シャルドネに起こっている変化にも、関心を抱いて何かを掴んでいた。アネットが、この女に絶望しか観えないと思っていたときに、すでにマルクはそこに脱皮と新しい羽毛を観ていた。彼は壁越しに彼女を窺っていた。彼女が外出するときには、彼は階段の近くで彼女の麝香の匂いを吸いこんでいた。彼女の服装と漂わせるものからは、微細な変化さえ彼の中に記録のこされた。もし彼が彼女の夫か恋人だったら、ここまでの関心を彼はもつこともなかだろう。彼は彼女が好きだというわけでもなかった。だが好奇心が彼を興奮させていただけだが、無邪気だとも言えなかった。女の心、女の体… そこに何が入っているか見てみたかった!… 彼女が罪に向かう前に。彼女がいつかは罪を犯すだろうと、かってに想像していた。それほどに彼女は、彼にとって魅力があった。彼は彼女の後をつけてみたかった… そうではない。彼女の中に入ってみたかった… あの乳房の下では何が起こっているのだろうか?… 彼女の欲望、秘められた惑溺、禁断の思考、それは味うに足るものだろう… だが彼は、ほんとうに官能を知るまでに至ってはいなかった。自分自身についても、性の自覚は半ばだった。自分はほんとうに男の子なのか、それとも女の子ではないのか?… それとも女の子になりたいのだろうか、いいえ、女の子が欲しいのか。それは彼には明確にはなり得ないものだった。かれは人間のだれもが通過するある一時期に居るのかもしれない。

つづく

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