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夏 第442回 『魅惑の魂』第2巻第3部第122回

 彼女は立ち上がってドアに向かって行こうとした。しかし、そこに着くまでには開いた窓の傍を通らなければならなかった。窓の傍に着いたら、そこで身を投げ出すことを。彼女は決心した!… それは彼女の魂を救いたいと思う純潔の本能が呼び起こしたものだった。突然に表れた穢れから魂を救いたい、そうした奇妙にも観える本能からだった! 幻のなかの魂よ! 彼の理性は世間が道徳と称するもの、通俗が道徳とするものに騙されることはなかった。だが本能は理性よりも強かった。彼女にはもっとはっきりと見えていた… だが見えていたのは。ドアと窓の二つに過ぎなかった。この二つのものに執着し夢中になった彼女には近くが見えなかった。窓に向かって歩いた彼女は、食器棚の尖った角に腹を激しく打ちつけてしまった。あまりの激痛に彼女は息を呑みこんでしまった。体をかがめた彼女は、傷ついた箇所に手を当てながら、腹部を打ったという事実に苦い復讐を観るのだった。彼女は自分の中に、酔った盲目の魔神を見た、それをそのまま体内で潰してやりたかったのだが… その時、彼女に反動がやってきた。食器棚と窓の間に嵌め込まれた低い椅子に蹲った彼女には、もう力がなかった。手は冷たくなって、顔には汗が滲んでいた。乱れた心臓の鼓動が弱まりはじめていた。彼女は奈落の底に沈みそうになっていた、そうした彼女にはただ一つの考えしかなかった。
「もっと早く! もっと早くしなければ!…」
 彼女はそのまま気を失っていった。

つづく

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