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母と息子 97『魅惑の魂』第3巻 第2部 第25回

承前

 アネットは少年たちのほんとうの気持ちが知りたかった。そのきっかけとして彼女は朗読をした。それは『戦争と平和』のある章で、ペティア少年のの死が書かれているところだった。そのページには十月の霧に浸った美しい情景も描かれていた。そしてまだ目覚めない若い樹木の夢を、読み聞かせていた…

 それは秋の一日だった。穏やかな雨が降っていた。空と地平線はどんよりとして灰色のただ一つの色のように溶けあっていた。そして大粒の雨の雫がぽつんと落ちてきた…

レフ・トルストイ『戦争と平和』から

 だが少年たちは朗読を聞くということ自体をよく知らなかった。彼らはロシア人の名前を嘲笑もした。少年主人公の名前は、彼らを歓喜の渦に巻き込むだけのようだった。それでも蠅の群れが椀の周りで落ち着くように彼らもは沈黙しだした。おしゃべりが沈黙に変わりだした。少年の名前が出てくるたびに頬を膨らませていたが、少年主人公は最後まで愚かなことをつづけていた。その意味が、朗読を聞く者に解っていたのだろうか… 朗読が済むと何人かは欠伸をしていた。騒々しく騒ぎたて、理解できな自分の気持ちなんとしようとしているように観える者もいた。当惑しながら不満を抱いて、屁理屈を並べるものや、知ったかぶりをする者もいた。
 アネットが知ってほしかったのは、戦争に憧れた少年主人公ペティアの生き方が悲劇だったことだろうに…
「所詮、ロシア人ってのは能無しなんだよ!」
 結局、話の内容をつかむことできないでこう言うものもいた。
「素敵じゃないですか…」
 何も言わない者もいた。だがその表情からは、大き影響を受けていように観えるのだった。しかし、それはどれほどの感動なのだろう? それを知ることはかなり難しいはずだった。一言のことばも聞かないで、その心から受け取られるものは一つとしてない。

つづく

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