「大地の五億年」を読んで
私は熱意だけあって、教壇の正面一番前の席に座った。しかし土壌学の講義に興味が持てず、たびたび意識を失った。先生から「君は熱心だと思ったけど、よく寝てるね」と優しく指摘されたのを今も思い出す。そして、講義の内容はほとんど覚えなかった。教科書を何度読んでも覚えられなかった。
「土とは何だろうか?」という本を読んだ時、「久馬先生、教科書読ませる前にこの本書いてくれりゃよかったのに」と思った。この本を読むころに私は人工的に土壌を創る研究を始めていて、面白くて二、三回読み返した。知識がついてきたから面白く感じたというのもあるだろう。
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さて、私も講義を受けた久馬先生、小崎先生の教え子である藤井一至さん著「大地の五億年」を読んだ。以前から学会で「とんでもない新星が現れた」とは聞いていた。ところが私は人名を覚えるのがことのほか苦手で、後で本を探そうと思っても名前が思い出せず、そのままに。
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先日、リンの循環について書いた時、まさに藤井一至さんから指摘を受けて、「あ!この人だ!」とようやく名前を覚えることができ、本を検索、購入することができた。読んでみたら、まー、面白い!土壌学を学ぼうとする人は、まずこの本を読んだ方が良い。
ポドゾルは、土壌学関連の本を読むとよく出てくるから名前だけは聞き覚えしていた。しかし何度読んでも忘れる。今回も、読むまでは忘れていた。ようやく覚えた!それができるのは、本書が「シチュエーション」含みで土壌を語ってくれるからだと思う。
人工知能の研究者が学会発表していて、自分の娘が言葉を獲得していく様子を紹介していた。その中で興味深かったのは、「人間はどうやら、シチュエーション丸ごと言葉を覚えているらしい」という指摘だった。その研究者が驚愕していたのは、娘が教えもしないのにゴミをゴミ箱に捨てたこと。
ゴミを「これはゴミである」とシチュエーションから類推し、「ゴミはあの箱の中に放り込むらしい」と類推したことに、その研究者は驚愕していた。人工知能に、シチュエーション丸ごとを記憶・理解させることは難しいらしい。人工知能は身体がなく、「経験」ができないからだ。
本書は著者がスコップ片手に各地の土を実際に掘っているからだろう、幼いころに土を掘った記憶が呼び覚まされながら、著者と一緒に追体験しているかのように読める。だから、本の内容が「シチュエーション丸ごと」入ってくる。だから理解しやすいのだろう。
また、研究者というのはおしなべて専門用語を多用するのが好き。しかし専門用語というのは、専門家の中で使われる暗号みたいなもので、専門家の間では話が早くて済むけれど、一般の人にはただの呪文。それが出てきた時点で思考停止に陥る。しかし本書は。
酸性になった土壌からしみだしてきた汁を「レモン汁」にたとえて、ああ、それはすっぱそう、と体験を呼び覚まされながら読み進められる。追体験しながら、土壌という、身近でありながらあまり耳にすることのない話題に深く分け入ることができる。
ものごとの土台、と言われるように、「土」は陸上生物の生命を支えている重要な存在。いや、海の生き物もそうか。土が雨にさらされ、しみだしてきたミネラルが海の生き物の養分となる。そう、土は地球上の生物を支える重要な存在。けれど、私たちはろくに土のことを知らない。
土の機能を損なえば、人類は生きていけない。私たちはそのことへの危機感が薄い。今、地球はまだしも寒いからいいんだけど、もし地球の気温が一定以上上がると、土中の有機物が一気に分解され、二酸化炭素が大量放出され、温暖化はもはや止めようがなくなってしまう。
しかしそのことを理解するには、土壌がどんな機能を果たしているのか、様々な事例を通して学ぶ必要がある。本書は、それを著者と一緒にスコップ片手にしながらの気分で楽しく読み進めることができる。
専門用語を回避しながら記載されているとはいえ、内容は専門家も深く頷きながら読める内容だと思う。「あ、これ勘違いしていたな」とただされること度々。また、「教科書に書いてあったこと、そういう意味だったのか」と初めて得心できたこともある。本書は土壌学への素晴らしい招待状。
私はEテレ「びじゅチューン」が大好き。芸術作品をおちょくる動画は、子どもたちが芸術に興味を持ち、美術館に子どもの姿が増える大きなきっかけになったという。まずは興味関心を持つこと、そのためには「面白い」が大切。本書は、土壌学を「面白い」と思わせることに成功している。
土壌学を学ぼうとする人は、まず「大地の五億年」を読んで、それから教科書を読んでみてはいかがだろう。この本は恐らく「びじゅチューン」と一緒で、「あ!これあの本で読んだ!」と感じながら教科書を読み進めることができ、網羅的な知識を深めることができるだろう。
土壌学の全体像を描きつつ、専門的なことにも踏み込みながら、読む人を飽きさせないという筆力、驚いた。私よりも10歳若くて、しかももう何年も前に書かれた本。いやあ、すごい!驚いた!
皆さんもよかったら、「大地の五億年」、読んでみてください。
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