戦争による飢餓

アマルティア・セン氏の「貧困と飢饉」の分析は、途上国など貧しい国でなぜ飢饉が起きるのか、の分析であって、戦争などの特殊事情は一応考慮から外されている。
しかし戦争か絡むと、豊かなはずの先進国さえ飢える。それについて、藤原辰史 「カブラの冬」を題材に考えてみる。

第一次大戦前のドイツは豊かな国だった。しかし大戦中に急速に食料事情が悪化し、「カブラの冬」と呼ばれる飢餓が発生。七十万人以上が餓死した。なぜ豊かな食生活を営んでいたはずの先進国でそんな深刻な飢餓が発生したのだろうか。

①国外から食料が輸入できなくなった
ドイツはアメリカなどから食料を安く輸入していた。しかしイギリスが海上封鎖したことで食料が手に入らなくなった。

②国外から肥料を輸入できなくなった
やはり海上封鎖などで肥料が手に入らなくなり、国内の食料生産が大きく落ち込んだ。

ハーバー・ボッシュ法のおかげで窒素肥料はいくらでも空気から作れるはずだったが、火薬の原料に回され、肥料は手に入らなかった。国内で唯一自給できるカリウムだけはまけたけど、窒素肥料がないため食料生産は落ち込んだ。

③兵隊にとられて働き手がいなくなった
男手を兵隊にとられて労働力が不足し、思うように農業生産ができなかった。

④配給システムの機能不全
不足する食料を公平に配分しようと配給が始まった。ジャガイモなど腹の膨れる食料は最高価格が定められた。しかし農家はこれではもうからない。

豚肉はまだ統制されておらず、金持ちはお金にあかせて豚肉を買うから高騰。ならば豚にジャガイモを食べさせて豚肉を販売した方が農家は儲かる。男手がおらず、生活が苦しい農家はそうすることで生活防衛した。すると人間が食べるジャガイモがなくなり、都会の人間はカブばかり食べるハメに。

つまり、食料、肥料、人手の絶対的不足によって食料が手に入らなくなり、統制経済でなんとかしのごうとしても、農家も男手があらず、生活が苦しいので少しでも儲かる方法があればそれに飛びつき、それが食料不足に拍車をかけるという悪循環に陥った。

先進国は、不足する食料や肥料、場合によっては人手さえも国外から手に入れ、豊かな生活を維持している。しかし戦争が起きると、国外に依存していたそれら資源へのアクセスが難しくなる。当然敵国は、それが手に入らなければ困ることを見抜いて邪魔するからだ。

このとき苦しんだのはドイツだけではない。イギリス、フランス、イタリアなども食料不足で苦しんだ。先進国の事情(国外の資源で豊かな生活を送る)は違わないから、ドイツも潜水艦でイギリスの船を沈め、食料輸入を困難にした。ドイツのほうが飢餓に苦しみ、降伏したが、どちらの陣営も苦しんだ。

戦争になれば「総力戦」と言われるようになったのは、第一次世界大戦から。総力戦とは、単に兵隊と武器での殺し合いだけではなく、敵が必要としている食料や肥料、人間などあらゆるものを手に入れられなくして、敵を苦しめる戦法をとること。戦場だけでなく、国全体を苦しめる形となった。

「カブラの冬」で餓死者をたくさん出したことが、ナチス台頭の温床になった。庶民は食料が思うように手に入らず、餓死したのに、金持ちは食料をヤミで手に入れ、豚肉も食べた。人が食べるべきジャガイモを食べさせた豚の肉を。このときの恨みのエネルギーが、ナチス人気になだれ込むことになった。

日本も形は異なるが、東北での凶作で娘を身売りしたり、人肉を食べたという噂まで流れるほど凄惨な生活を送っている中で、政治家や財閥が料亭でうつつを抜かしているという対比がなされ、国民から恨まれ、軍部がクーデターを目論むことになった。飢えは国のあり方を変える凄まじいエネルギーとなる。

現代の戦争はどうしても総力戦となる。資源と食料が豊かな国(アメリカ)は自国だけでどうにか経済を回せる可能性があるが、今の先進国はたいがい何かしらの資源を国外に依存している。アメリカを除く先進国は、戦争になれば絶対的な飢えが襲う。それは避けられないものと思わねばならないだろう。

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