安い穀物の輸出は「豊作貧乏の外部化」

政府からの補助が農家の所得に占める割合は、日本は15.6%、アメリカは26.4%、フランスは90.2%、ということを前にも紹介した。こうした補助金を出すことで、アメリカやフランスは小麦などの穀物価格を下げ、世界に輸出している。どうしてこんな気前のよいことをするのだろう?持ち出しになるのに。

私の仮説は、「豊作貧乏の外部化」ではないか、というもの。
昔から農村だと、豊作祈願をすることを私達は聞かされているから、豊作になればなるほど農家は豊かになるんだろう、と、素朴に信じてしまう面がある。しかし実際には、豊作貧乏というのが起こり得る。

戦前でも、東北でコメが豊作になり、そのためコメの価格が下落。下落した価格では、たとえ豊作になっても農家の手取りは増えるどころか減ってしまい、娘の身売りをせざるを得ないなど、悲しいことがたくさん起きた。

変な話をするようだが、フェラーリという高級車のブランド戦略は、「ほしい人の数より一台少なく作る」ことだという。ほしがる人より少ない台数だけ生産すれば取り合いになり、価格を高く据え置ける。高く売るには、需要より供給を減らす必要かある。しかし。

穀物は厄介な性質がある。足りなければ餓死者が出かねないことだ。穀物はカロリーを稼げる基礎食料。これが不足すると命に関わるから、価格が暴騰しかねない。するとお金のない人は手が出せず、食えなくなり、餓死者が出かねない。だから穀物は必ず余分に確保する必要がある。

余分に確保する、ということは、在庫がダブついているということ。市場経済では、暴落することになる。
このように、穀物のように命に関わる基礎食料は、足りなければ暴騰し、それを警戒して余分に作れば暴落するという、極端な価格形成をする。

命に関わらない商品は、こうした極端な価格形成になりにくい。トマトは、「出荷しても儲からないな」と思ったら、出荷を止めてしまうことも可能。トマトは日持ちしないから、在庫を抱えていてもそのうち処分しなければならない。やがて市場が引き締まれば、出荷してマトモな価格で売ればよい。

穀物はなかなかこうはいかない。市場がダブついていると思って出荷を抑えても、在庫があるはずだとバレてしまう。日持ちするから、在庫として抱えていても腐らないことがバレる。それを市場関係者に見破られて、やっぱり豊作の時には価格が下落するのを抑えられない。

このように、命に関わる基礎食料のような商品は、市場経済に乗せると極端な価格形成をし、命に関わらない商品は、市場経済で比較的妥当な価格形成がされやすく、むしろ基礎食料より高くなる。トマトが、同じカロリーのコメの百倍も高く売れるのも、そのためだろう。

さて、冒頭の話に戻る。欧米が穀物に補助金つけてでも安く海外に輸出するのは、なぜなのか。
欧米など先進国は幸い、農業以外で稼げる産業がある。工業や観光、今ならIT、金融。こうした非農業は、農業よりもはるかに稼ぐ。世界一の農業国、アメリカも、非農業はGDPの約99%に達する。

非農業が99%を稼いで、その稼ぎを1%の農業に補助金としてつぎ込めば、たとえ穀物の価格が下落しても農家は収入が保障される。所得保障をすることで、農家が豊作貧乏で苦しむことのないようにした。これが欧米の戦略のまず第一。

しかし、いくら非農業が農家の所得を補償をすると言っても、あまりに穀物の価格が下落したら、それだけたくさんの補助金を出さなければならなくなり、国の財政負担は大きくなる。そこで第二に行ったのが、穀物の輸出。世界は今、78億人もいる。これだけいれば、誰かが食料を買ってくれる。

自国だけの小さな市場で穀物を全部売ろうとすれば、際限なく価格が下落する恐れがあるが、78億人のお客さんなら市場は巨大。少々作りすぎてもそんなに価格が下落せずに済む。だから、欧米は穀物を海外に輸出する。これが第二の戦略。

この2つの戦略により、欧米は農家から豊作貧乏の恐怖を取り除き、国民から飢える心配を消し、常に安い価格の穀物を提供する構造を作るのに成功した。
しかしこの戦略は、一つの犠牲を生みかねない。それは途上国の貧困。

発展途上国は通常、産業といえば農業くらいしかない。もちろん、生きていくためにはカロリーを稼げる穀物が必要。しかし欧米が輸出する穀物は、アフリカの貧農でも太刀打ちできないほど安い。穀物を栽培していたら、鍬を買い替えるお金も稼げない。仕方なく、穀物栽培をやめざるを得なくなる。

しかし発展途上国は農業以外にろくな産業がない。穀物栽培をやめても仕事がない。こうして、欧米資本が経営するコーヒーやカカオなどの商品作物のプランテーションで、賃仕事してなんとか生活せざるを得ない。

もしコーヒーなどの商品作物の価格が下落すると、賃金を減らされる恐れがある。すると、安かったはずの欧米の小麦も買えず、飢えかねない。
農業以外に産業のない国は、欧米の安い穀物で国民全体の生活基盤が破壊されかねない問題が起き得る。

欧米は、非農業の稼ぎの一部を割いて農家に所得保障することで、豊作貧乏の恐怖を取り除いた。また、穀物を海外に輸出することで穀物の暴落を防ぐことにも成功した。しかしそのために、途上国は安すぎる穀物価格のために、穀物生産農家の生活を苦しめる結果になっている。

日本も、コメの減反をやめ、思う存分コメを作り、国内で消費しきれなかった余剰分を輸出すれば、コメは国際価格より下になることはないだろう。今後、農家が減れば、補助金をたっぷり渡しても財政負担はさほどでなくなるだろう。欧米と同じ戦略を日本もとれる可能性がある。しかし。

それは「豊作貧乏の外部化」でもある。こうした世界経済の構造を、本当にそのままにしてよいのだろうか。余った穀物が安値で途上国になだれ込めば、農業しか産業がない国では、「豊作貧乏」と同じことが起き、貧困にあえぐことになる。

先進国の安すぎる穀物輸出は、発展途上国に生きる人々の生活を破壊しかねない。こうした奇妙な経済の仕組みを頭に入れた上で、食料安全保障を考えなければならない。
食料安全保障を考えると、経済というのは実に奇妙な動きをするものだとつくづく思う。

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