「理想の子」だけみて「僕を見てくれていない」

親とトラブルを抱えている子どもはしばしば「僕のことを見てくれていない」と口にする。親からしたら心外。「こんなにもお前のことを思い、心を砕き、感情がかき乱されているのに、『見ていない』なんてことあるはずがない」と反発する。でも、「見ていない」のはその通りだと思う。親が見ているのは、

「こうあってほしい子どもの姿」(理想像)であって、現実の子どもではない。現実の子どもの姿は、否定されるべき、拒絶されるべきものとして親は捉えており、理想の子どもの姿しか、親は見ていない。そのことを子どもは指摘しているのだと思う。

塾を主宰しているころ、入塾の面接をすると、親は「うちの子は怠け者で、勉強しなくて、すぐにいいわけして」と、問題点を羅列することが多かった。隣で子どもは苦虫噛み潰したような顔をしている。いちおう、一通り親からの報告というか、愚痴を聞いた後、私は子どもに直接問いかけるようにしていた。

親の愚痴はほぼスルーして、でも、部活は何をしているのかとか、そうしたヒントから、子どもに問いかけると、子どもはか細い声で答えてくれる。私は興味深そうに笑顔で聞き、答えてくれた言葉をヒントになお問いかける、ということを繰り返す。その際、その子に評価を下さない。ひたすら情報収集。

その子のキャラクターがわかってきたら、物静かな子には「君は物事をよく観察してから動くタイプのようだね」、活動的な子には「君はエイヤって挑戦してみる勇気にあふれているね」と、前向きな表現にして伝える。すること、「この人はありのままの自分を見ようとしてくれている」と感じるらしい。

そして親御さんが散々に欠点として指摘していたことを「それは欠点じゃないです、長所ですよ、こういう場面ではむしろその特性が生かされます」と前向きに伝えると、親御さんも「そういえば、過去にこんなことがありまして」と、打って変わって、その子が面白い結果を出した話を思い出してくれる。

私はその話に引き込まれ、驚き、面白がる。「素晴らしいお子さんじゃないですか!この子の特徴を欠点と思わず、長所として伸ばしていきましょう。長所を伸ばせば欠点は隠れる。お母さん(お父さん)、この子の見方を、ちょっと変えてもらえませんか」というと、

私という第三者から見て、欠点と思っていたことが長所だと言われて、親御さんは感心してしまうことがほとんど。そういう見方があるのか、欠点だとばかり思っていた、と、思い直してくれる。すると、親御さんの子どもを見る目が変わる。ありのままの子どもを見ることができるようになってくる。

そうなるまでは、親御さんの子どもに対する見方は「呪わしい状況にある子ども」であり、見たいのは「理想の子どもの姿」。理想の子どもと引き比べて、現実の子どものひどさを憎み、罵っていたのだけれど。

欠点は欠点ではない、この子の長所だ、と、第三者から言われることで、「現実の子ども」が少し見えるようになってくる。そのつもりで見てみると、「あ、この子にはこんないいところもあったのか」と発見ができるようになっていく。

教師や塾の講師など、子どもを指導する立場の人間は、親御さんが子どもに対して持ってしまっているイメージ(理想の子どもの姿)を崩し、ずらし、現実の子どもがいかに魅力的なのかを、第三者であるという立場を大いに利用して、親御さんに伝えることがとても大切だと思う。

すると、「理想の子ども」しか見えていなかった親が、「現実の子ども」の存在に気がつくようになる。すると子どもは落ち着いてくる。「理想の子ども」と比較ばかりされ、自分の成長に気づいてもらえず、常に足りないところばかり指摘されて嫌気がさしていた状況が、変化し始めていくように思う。

私たちは結構、「理想の姿」ばかり見て、「現実の目の前の人」が見えなくなる。部下に対しては「能力が高くて勤勉」という「理想の姿」ばかり見て、「能力が高いのにサボってる」とか、「あの能力が足りない、この配慮が足りない」と、「理想」から引き算して減点思考で対してしまう。

私は、「理想の姿?なにそれおいしいの?」という考え。目の前には現実の子ども、あるいは部下しかいないのだから、理想と比較して現実に幻滅するなんて、心の健康的にも無駄、無駄。理想なんかポイ捨てして、現実の目の前の子ども、部下を観察し、そこからプラスを見つけていけばよいように思う。

動物生態学者か、文化人類学者にでもなったつもりで子どもを観察し、発見したことを心のメモに書き留めておく。「へー、こんな一面もあったのか」「こんな成長をしていたんだな」と、現実をよく観察し、驚き、面白がっていると、それは子どもに伝わる。現実の自分を見てくれている、と感じる。

この世にありもしない理想の花を追い求めるより、足元の路傍の花に目を落とし、「こんなところにこんなかわいらしい花が!」と驚いていた方が楽しい。なんで理想と引き比べて現実をけなすのか、分からない。少なくとも子育てにおいて、それは害悪のように思う。

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