「周囲を驚かす主人公」ではなく「周囲に驚く主人公」
Facebookのオススメ漫画には、異世界に転生して?すごい能力で周囲を驚かすというものが多い様子。また、平凡と思われていたオッサンが実は周囲を驚かす実力の持ち主で…というストーリーのものも勧められる。こういうの見てると、人間はいくつになっても「驚かす」のが好きなのだなあ、と思う。
「ねえ、見て見て!」と幼児は言う。昨日できなかったパフォーマンスを今日できたことを大人に示す。すると大人は驚いてくれる。また新たな能力を得て、大人を驚かそうと企む。幼児はそうした毎日を過ごす。でも実は、大人になっても、高齢者でも、自分のパフォーマンスで周囲を驚かせたいのかも。
他方、「異世界で大活躍」漫画の一連見てると、一つの「呪い」を感じずにはいない。「すごい能力やパフォーマンスを見せないと周囲を驚かすことはできない」という呪い。
漫画だからいくらでも能力を高められる。中年になって才能を開花させたというストーリーも好きなように作れる。でも現実は。
私達は魔法も使えないし、すごい能力もないし、傑出したパフォーマンスを見せることもできない。漫画の中のカタルシスでしかない。まあ、漫画なんだからそれで構わないのだけど、そんな漫画ばかりだと、例の呪いに知らず知らずかかってしまう。人を驚かすには、すごい能力がなければならない、と。
しかし劉邦や劉備には、すごい能力はなかった。樊噲や張飛、関羽といった豪傑たちのような武力も持たない。張良や孔明のような知力もない。能力的には、人を驚かすものが全然ないと言ってよい人たちだった。なのに部下たちが敬い、負けても負けても付き従った。なぜなのか。
「驚く」人だったから。劉邦も劉備も、部下の能力やパフォーマンスに驚く人だった。だから部下たちは、驚いてくれる劉邦や劉備と一緒にいたがって、自分の力を相手のために振るおうとした。そう、劉邦と劉備に卓越して存在した力は、「人の能力やパフォーマンスに驚く」力だった。
孟嘗君も「驚く」人であったらしい。何かしら一芸に秀でたものがあれば食客として迎え入れ、その数は数千に及んだという。食客の中にはコソ泥を働いていたような者や、動物の鳴き真似が上手なだけの者もいた。なんでこんなヤツを、と食客同士でも思うような人間まで抱えていた。
しかしそれこそが孟嘗君の力の源泉でもあった。自分の能力に驚き、自分を温かく迎え入れてくれた孟嘗君に何とか報いたい、という意思が何千にもなり、中国全土の情報が孟嘗君に届けられ、的確なアドバイスを得た。これにより、孟嘗君は数カ国の宰相をつとめることになる。
劉邦は、孟嘗君のこうした姿勢を見習ったらしい。自分が人を驚かすのではなく、自分が人の能力やパフォーマンスに驚く。そうすれば英傑たちが集まることを劉邦は学んだようだ。
ならば、転生漫画とやらも、人を驚かすのではなく、人の能力やパフォーマンスに驚くことで天下をとっていくストーリーのものが現れたらよいのに、と思う。そしてこの「驚く」能力は、現実社会でもとても有効だと思う。人間関係を良好なものに変えることができるから。
人より優れた能力がなければ人を驚かすことはできない、という思い込みは「呪い」だ。そして転生漫画はその呪いを強化するのに一役買っているように思う。
けれど、人より能力があるわけではない凡百の私達には、そうしたルートは用意されていない。別の道を探る必要がある。
人に驚くこと。驚くと不思議なもので、相手は自分のことも認めてくれるようになる。驚いてくれる人というのは、大人になると貴重な存在となる。自分の能力やパフォーマンスに驚いてくれる人を大切にしたくなるらしい。何なら偉くなってほしいと願うようになるらしい。
その人が偉くなれば、その人に驚かれる自分も高みに上がることになるから。
こうした心理が働くのを知っていて、劉邦や劉備は「驚く」側になることに徹したのだろう。だから豪傑や知略の人たちの上に立つこともできたのだろう。みんなの様子に驚くからこそ、担がれた。
「驚かす」は、幼児から続く本能的な欲求。そういう意味では、転生漫画も幼児的欲求を刺激するものなのだろう。しかし能力がなければ現実化できない話。「漫画だから」で終わってしまう。
それよりは「驚く」知恵を。「驚く」には大人になる必要がある。他者の能力やパフォーマンスに驚くのだから。
でも結果的に、「なぜこの人はこんなにも自分の能力を、驚くというかたちで認めてくれるのか?」と不思議に思わせ、それが敬意に転化する。驚くから、驚いてくれる。こうした人間心理を知り尽くした形での振る舞いを、漫画で見てみたいもの。
周囲はものすごい能力の持ち主なのに自分には何の能力もない。ただひたすら人の能力に驚いていたら人から尊重されるようになった、ってストーリーを、劇的に描く漫画家、出ないかな?それは現実社会に面白い波及効果を生むのではないかと期待している。