江渕崇「ボーイング 強欲の代償」抜粋
ひとつ、思い当たるフシがあった。ボーイングの株価への執着である。
外から見て心配になるほどの、株主への惜しみない還元。 売り上げや利益て、3ヵ月ごとの決算で市場の期待を上回り続けることへの、異様なこだわり。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.39
アメリカではかつて、自社株買いは実質的に禁じられていた。
1920年代の自由放任主義的な経済体制が株式投資ブームを過熱させ、結果として1929年、ニューヨーク証券取引所での株価大暴落を招いた。大恐慌の引き金を引き、アメリカと世界の経済をどん底に陥れた。
その教訓を踏まえ、1933年に発足したフランクリン・ルーズベルト政権は、ニューディール政策の先駆けとして、証券法(1933年)や証券取引所法(1934年)を相次ぎ成立させた。証券不正がはびこり堕落した金融市場に、規律を取り戻そうとした。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.76
2018年、アメリカの大企業500社の純利益は合計で1兆1168億ドルだった。トランプ減税の底上げにより、前年から1%膨らんでいた。一方、8064億ドルの自社株買いと、4563億ドルだった配当を合わせて、前年比20%増もの計1兆2627億ドル、日本円にして約140兆円を株主に還元していた。
p.82
企業が毎年生み出した純利益の合計を大きく上回る額の株主還元がなされている事実は、注目に値する。株式市場は教科書で習う 「企業が資金調達する場」というよりも「株主が企業からマネーを吸い上げるための場」という性格が強まったことを意味する。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.83
経営幹部の収入は利益と株価次第だった。コストを削り、研究開発や次世代への投資を抑え、従業員数や賃金を減らせば減らすほど、そして、会社のカネを自社株買いで流出させればさせるほど、少なくとも短期的には、取り分が膨らんでいく構図になっていた。経営者が会社を「食い物」にするインセンティブが、そこには埋め込まれていた。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.87
アメリカの企業経営の主眼が1970年代後半を境に変質し、投資や研究開発を通じて価値を問題視した新たにつくりだす「価値創造」 (Value Creation) から、むしろ経済から価値を抜き取る「価値抽出」 (Value Extraction) に力点がシフトした、と彼は解説する。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.89
※「彼」とは、ウィリアム・ラゾニックのこと。2014年の論文「繁栄なき利益」(Profits Without Prosperity)参照。
ウィリアム・ボーイングが仕事をしたレッド・バーンの執務室外の壁には、「医学の父」ともいわれる古代ギリシャの医学者ヒポクラテスの言葉が、箇条書きでプラカードに掲げてあった。
一、事実以外に権威は存在しない。
二、 事実は正確な観察によって得られる。
三、推論は事実に基づいてのみ行われるべきである。
四、経験はこれらの法則が真実だと証明している。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.95
私が目にしたのは『課題解決文化』にあふれた組織だった。ある問題が目の前にある。私はそれをエンジンのチームに相談に行く。答えを携えて、次は空気力学の部門に行く。ある解決策がほかの分野にどう影響するのか。すり合わせを重ねるうち、問題の本質が見える。大学での研究など比べものにならないほど多くのことを、私はそのプロセスから学んだ
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.98
自社株に連動したボーナスの導入などが進み、ヒラ社員まで株価や利益に一喜一憂するようになった。ソーシャーは、ボーイング内外で規範が変わっていくのを感じていた。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.100
1994年にCEOに就任した直後、配当を一気に74%も増やすとともに、発行済み株式の15%分にのぼる自社株買いの枠を設けると決め、ウォール街を歓喜させた。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.107
ロゴが象徴するように、旧マクドネル・ダグラスの経営陣は、新生ボーイングの「母屋」を実質的に乗っ取ってゆく。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.108
失敗企業の経営者だったはずのストーンサイファーは、合併後のボーイング社長兼最高執行責任者 (COO)に納まった。会長兼CEOに昇格してたフィリップ・コンディットと二人三脚でボーイングの「改革」に乗り出す。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.109
エンジニア優位で家族主義的な気風もかろうじて残していた企業文化がマクドネル・ダグラス流に染まるまで、さほど時間はかからなかった。
「羊によるオオカミの買収」
「ボーイスカウトたちが暗殺者に乗っ取られた」
「マクドネルが、ボーイングのカネでボーイングを買収した」
ヘビが鹿を食うかのごとく「小」が「大」をのみ込んだ買収劇を、人々はさまざまに揶揄した。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.110
業界の「ベスト&ブライテスト」として尊敬を集めていたエンジニアまで、「金食い虫」として待遇切り下げやリストラの対象となった 。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.112
深い縁もゆかりもない場所に本社を置いたことにより、ボーイングの経営陣は、主に工場を基盤とする労働組合の圧力や、「日々のビジネスの運営」から逃れやすくなった。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.120
アナリストの多くは、飛行機づくりを組み立て玩具の「レゴブロック」のように考え、サプライチェーンの集合体としかみていなかった。市場で競争させて安く部品を仕入れ、組み立てればよい。能力を欠くサプライヤーは、市場から退場させれば済む、と。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.121
ソーシャーは航空機開発者としての経験を踏まえ「複雑な機構を備え、人命がかかった航空機は、部品を集めれば済むパソコンや家電とは違う」と訴えて回ったが、その論理が聞き入れられることはほとんどなかった。忘れられないアナリストの言葉がある。
「だれもが、自分のところだけは特別だと思い込んでいる。現実には、だれも特別ではない。 ランニングシューズも女性向け衣料も、携帯電話も集積回路(IC)も、製造業はどれも同じ原理で動かせる。むろん、君たちの航空機産業もね」
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.122
アウトソース頼みの危うさを、明確に予言していた人物がいる。 航空コンサルタントでも、大学教授・教授でも、ジャーナリストでもない。 社内にいたエンジニアだった。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.131
ブルームバーグ通信のピーター・ロビソンによると、737MAXの飛行テスト向けソフトなどの一部は、時給最低9ドルで働くインド系企業の新卒プログラマーらに外注されていたという。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.133
アメリカ企業は簡単に社員のクビを切るイメージがある。しかし、半世紀前までは必ずしもそうではなかった。働き手は企業に一定の忠誠心を持ち、企業もそうした働き手と長期的な関係を結んだ。労働組合が間に入り、機能を果たした。レイオフ(一時解雇)も、不況や業績不振により、最後の手段としてやむにやまれず、というのが一般的だった。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.141
慣行を一変させたのがウェルチだった。たとえ最高益が続いていたとしても、事業を、そして社員を切った。損失を回避するためではない。利益を一段と積み増し、株価を上げるためだ。必要な仕事であったとしても、労働組合がなく、環境規制が緩く、人件費も低い新興国やアメリカ南部諸州へと仕事はアウトソースされていった。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.141
電機メーカーの根幹をなすはずの新技術や新製品の開発は滞った。ウェルチがCEOになってからの7年間で、研究開発に携わる人員は3割減らされた。「新たなビジネスを育むことに、私たちは関心がない」。ウェルチ自身が、はっきり語っている。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.143
ウェルチが引退して2年後の2003年、ウォールストリート・ジャーナルがGE出身の経営者たちのパフォーマンスを調べたところ、彼らは就任後、軒並み3~4割も株価を下落させていた。一方で、年に数十億円単位の報酬、さらに巨額の退職金を得ていた。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.146
GEを飛び出したウェルチ直系の元幹部らは、移籍先でそろってリストラを断行した。それらの企業では、コストが浮いて株価が上向くこともあったが、大半のケースでは結局、ビジネスがうまくいかなくなり、株価も下がった。 最悪のケースでは経営破綻した。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.146
いくつもの不正な会計処理で投資家を欺いたとして、証券取引委員会(SEC)は2009年にGEを提訴した。1990年代半ば以降、GEは四半期ごとの利益目標を毎回、上回り続けていたが、実現していない機関車の売り上げを計上するなどの粉飾が横行していたのだ。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.155
黙っていなかったのは、FAAの安全検査官たちだ。「FAAがただのゴム印に成り下がる」「人が死んでからでしか介入できなくなる」。検査官らの労働組合PASS (Professional Aviation Safety Specialists) は法改正に反対し続けた。しかし、ボーイングの政治力を前に、現場の検査官は無力だった。業界のロビイストは、安全検査官の人事評価にまでメーカー側が関与する仕組みを提案していたという。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.168
検査官が問題に気づき、それを指摘しようものなら、ボーイングがFAA上層部や有力政治家に働きかける。検査官は審査から外され、後任には「物分かりの良い」検査官が充てられるのだベローンは言った。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.168
「私がスピード違反をして警官に切符を切られるとしよう。だからといって警官の上司に電話し、「警官に意地悪されている」とは訴えないのが常識だ。 その当然のことが、 航空機産業には当てはまっていないのが悲しい現実だ」
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.169
国家による経済への介入をできるだけ抑え、各企業が株主利益の最大化を狙って市場で自由に競争する。それが正義とされる株主資本主義の時代にあって、政府と民間企業の不透明な関係が進んだという話は、直観的にはベクトルが逆にも思える。政官財の癒着といえば「大きな政府」の専売特許であると、保守系の識者たちは難じてきたはずだ。
しかし、建前としての「自由競争」とは裏腹に、アメリカの大企業は議会や政府関係者にあるときは公の場で、あるときは水面下で働きかけることにより、規制をねじ曲げたり、自らに有利なルールを設けさせたりするのがむしろ常態化していた。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.174
顧客の支持を得ようと競争に徹するのが本来の株主資本主義のはずだが、政府関係者や有力者に働きかけて超過利潤や利権を得る「レントシーキング」が、いくつもの業界ではびこっていた。もっともらしい理由をつけて不合理な規制を当局に設けさせるなどし、日本企業などのライバルを邪魔する実例を、私は日本人駐在員たちから聞かされた。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.174
では、その陰で割を食ったのは誰か。品質に劣る商品を高い値段で買わされる消費者。不当に低い賃金で働かされる労働者。無駄な補助金の負担や銀行救済のリスクを背負わされる納税者。不正確な情報に基づいて株や債券を買わされる一般の投資家――。つまりは、普通の生活者たちである。
p.175
企業の経営幹部は、株主という依頼人(プリンシパル)に雇われている代理人(エージェント)である、という関係をフリードマンはまず確認する。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.190
経営者はあくまで株主利益に尽くすべきだという株主資本主義と、経済的資源の配分は政治ではなく可能な限り市場メカニズムによって決するべきだという市場原理主義。 フリードマンのなかでその二つの「主義」は、車の両輪のように分かちがたく結びついていた。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.192
「1万5千もの部品からなる自動車では、公害防止や安全性の観点からどのメーカーのどの車種が良いのか、消費者が賢く選ぶのに必要な情報など得られない。常に危険な車を生み出しているメーカーがやがて売れなくなるかもしれないという事実は、特定のメーカーが持つ極端な危険性のせいで墓場や病院に送られた人々には何の救いにもならない」
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.193
ただ ニューディール政策が国家と市場の関係を再定義し、瀕死だった資本主義体制の延命につながったことは間違いない。
英国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズが「雇用、利子及び貨幣の一般理論」で打ち出した「有効需要」などの考え方と、核心のところで共鳴する政策体系でもあった。
p.195
そのころ、銀行にとっての利益とは「顧客の役に立つ仕事をして、期末に「結果」として手元に残っているもの」だったという。利益の目標を事前に立てることはなく、利益は経営の重要な指標ですらなかった、とリードは回顧する。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.198
1970年代から1990年代にかけて価値観の転換が起きる。投資家の圧力が強まり、利益と株価を上げておかなければ銀行自身が敵対的買収の脅威にさらされるようになった。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.198
「株主のための利益こそすべてであり、株主に尽くせば経営者も超高給取りになれる、と言われ始めた。経営者の報酬は、以前なら労働者に比べておのずと「天井」があったが、制限は取り払われた。経営者報酬は株主利益に直接ひもづくべきだという考え方がまずは金融業界を支配し、昔なら大して目立ちもしなかった金融の仕事が、とんでもない高給業種へと脱皮した。そして株主価値という概念がほかの幅広い産業へと浸透していった」
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.198
「企業はただの経済単位ではなく、社会に埋め込まれた有機体、つまりは社会の細胞のようなのだ。ならば経済的な義務を負うだけでなく、社会的な責任も有しているはずだ。重要なのは、当時多くの企業がこれを実践していたということだ」
しかし、その後の世界で実際に幅をきかせたのは、株主第一主義の方だった。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.199
株主以外のステークホルダーは地位が格下げされ、とりわけ労働組合は弱体化させられた。レーガン政権が1981年の発足直後、ストライキを起こした航空管制官を解雇する強硬措置に踏み切ったのは象徴的な事件だった。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.200
2機目が墜ちてなお、ボーイングが「安全性には絶対の自信がある」と言い張っていたことに、ネーダーはとりわけ憤っていた。
「新型機の連続事故で346人を殺しておいて、よくもまあ、そんなことが言えるものだ。日産のカルロス・ゴーンを訴追した日本の企業犯罪をめぐる法律に、アメリカも学ぶべきことがたくさんあるはずだ」
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.202
「そもそも、遺族として私たちが単なる償いなどではない。事故を招いた構造そのものの転換だ」
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.203
737MAX事故後の対応のまずさで、2019年末にCEO職を解任されたデニス・ミュイレンバーグだ。 ボーイングを去るにあたり、通常の報酬とは別に、推定約6千万ドル(約5億円) 超を受け取る権利を得た。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.205
「米国はその他全員には資本主義なのに、富める者にとっては社会主義だ。 メリー・クリスマス!」
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.206
しかし、リーマン・ショックは違った。S&L危機とは比較にならない辛酸を世界にばらまいた大銀行の経営者は、だれひとり刑事責任を問われなかった。それどころか数億~数十億円の退職金やボーナスを与えられ、一段と肥え太って会社を去っていった。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.207
フリードマンが思い描いた純粋な株主資本主義ならば、経営者は株主の利益に尽くし、あくまでその成果に応じて分け前を得るはずだ。しかし、アメリカ企業に広がっている現実は違う。株主利益の最大化を建前では掲げつつ、実態としては「経営者利益の最大化」が追求されて
はいなったか。
p.209
権力は持つが、責任はあいまいー。バーリ=ミーンズの時代から問題となってきた「経営者「支配」は、株主が経営者から「主権」を取り戻したはずの株主資本主義の時代でも、アメリカ経済社会の宿痾であり続けた。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.211
小売業の経験などなかったナルデリは幹部を丸ごと入れ替え、リストラを断行した。地域ごと、店ごとに売り場づくりの裁量を与えられ、家族的な経営で知られた同社は、中央集権型の組織へと変質する。忠誠心を持って働き、スキルを高めてきた社員たちは、パート従業員に置き換えられた。ナルデリは品切れもいとわず在庫を絞らせ、取引先には価格の切り下げを迫った。(中略)
しかし、結局は顧客サービスの低下や取引先離れを招き、肝心の株価も低迷した。累計2億4千万ドル(約280億円)超という報酬も問題になり、株主と対立した末、就任6年ほどでCEの座を追われた。ナルデリにはもちろん、ゴールデン・パラシュートが与えられた。驚くべきことに、総額で2億1千万ドル(約250億円)にのぼった。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.212
株主に利益をもたらす稀有な能力と抜きん出た実績、そして重い責任に対する対価、といった理屈で主に正当化されてきた。あるCEOの任期中に株価が上がり、たとえば時価総額が50億ドル分増えたのならば、年3千万ドルの報酬ぐらい安いものではないか、というのもよくある擁護論だ。
p.216
コーエンはそう説明し、CEOを「古代の大哲学者」に擬することで、巨額報酬を擁護する。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.216
しかし、典型的な労働者の399倍(2021年、リベラル系シンクタンクの経済政策研究所調べ)にまで膨らんだCEO報酬の水準は、「一定の高給」の範囲に入るのだろうか。1965年では20倍、1989年でも59倍にとどまっていた。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.217
有力な反証の一つは、これまで見たとおり、経営に明確に失敗し、株主や会社、そして社会全体に甚大な損害をもたらした人物ですら、法外な報酬を得るのが当たり前になっている現実だ。それは「能力と業績への対価」という建前が、いかに空虚なのかを物語る。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.218
「利益を最優先し、限界を越えさせ、労働者を無視する文化が続いている。発言する者は沈黙させられ、脇に追いやられ、責任だけは工場の現場に押し付けられる文化だ。利益至上主義に従わない者への報復を許す文化でもある。切実に修復されねばならない文化だ」
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.244
年数千万ドル(数十億円)にもなる世のCEOたちの報酬を、バフェットはかねて厳しく批判してきた。「株主への手紙」でこう書いたことがある。
「役員報酬がバカバカしいほど業績とかけ離れたものになっていることが、合衆国ではあまりにも多い。しかも、この状況は変わらないだろう。投資家にとって不利な条件が積み重なっているからだ。結局のところ、凡庸、あるいはそれ以下のCEOたちが、選りすぐりの人事担当幹部と、常に便宜を図ってくれるコンサルタントに助けられて、ひどい設計の報酬制度によって巨額の報酬を受け取ることになるのだ」
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.254
2機目の737MAXがエチオピアで墜落してから約半年後の2019年8月、株主資本主義の総本山であるアメリカ財界の中枢が「宗旨替え」を宣言したのだ。
「企業の存在意義 (パーパス)を、「すべてのアメリカ人に尽くす経済」を推進することと再定義します」
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.254
2機目の737MAXがエチオピアで墜落してから約半年後の2019年8月、株主資本主義の総本山であるアメリカ財界の中枢が「宗旨替え」を宣言したのだ。
「企業の存在意義 (パーパス)を、「すべてのアメリカ人に尽くす経済」を推進することと再定義します」
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.254
企業にかかわる様々な主体にバランスよく分配することは、株主にとっても長期的には望ましい。そうしたストーリーが好んで語られるようになった。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.258
フリードマン流の「儲かることは、良いことだ」から、フィンク流の「良いことをして儲ける」へ。資本主義に、半世紀ぶりの地殻変動が起きているのだろうか。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.258
パーパス文書が出たタイミングに注目したい。増え続けてきたアメリカ大企業の自社株買いが、ちょうど頭打ちになったのがその2019年だった。大手500社の自社株買いの総額は前年8064億ドル(約8兆円)のピークを迎えたが、2019年は7287億ドル(約1兆円)にとどまっていた。
p.260
日本企業の社長が株価低迷だけを理由に職を追われることはあまりない。一方、アメリカ企業のCEOは、十分に利益を上げていたとしても、株価がさえなければ取締役会にすぐにクビを切られる。「モノ言う株主」が株価上昇や株主還元を求める圧力は強い。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.261
トランプ現象の反作用として広がる、若者世代の支持をバックにした急進左派の台頭だ。当時は民主党の大統領候補者として、ともに上院議員のバーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレンといった左派政治家が人気を博していた。「民主的な社会主義者」を自認するサンダースへの支持はとりわけ根強く、のちに大統領となるジョー・バイデンを支持率で上回り、単独トップに立つ場面もあった。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.262
こうした流れを放置すれば、ビジネスの手足を固く縛る反資本主義的な規制が導入されること空想次元の話ではなかった。ビジネスエリートからすれば、資本主義体制の大枠を守るため社会課題への配慮を先回りして打ち出す必要があった。冷戦期にソ連など社会主義陣営に対抗するため、西側諸国が福祉を拡充させて国民の支持を取り付けようとしたこととも重なる構図だ。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.262
しかし、社会の底割れを防ぐ手厚いコロナ対策は、結果として「持てる者」へと富を大きく再分配した。
株価は史上最高値を更新し続け、富豪の資産は雪だるま式に膨らんだ。世界の金持ちトップ10人の総資産は、パンデミックの最初の2年間だけで7千億ドルから1.5兆ドル(約200兆円)に倍増した
p.266
しかし、だからといって株主や市場の影響力を強めることだけに力を注げば、パイが賃金や投資に回らず、株主に不釣り合いに還流してしまう。「三方ダメ」から株主だけの「一方よし」になったとしても、それは健全な経済の姿ではない。「一方よし」の路線がが、ボーイングの惨状なのだから。
p.280
たとえばグーグルは(中略)「フリードマンからすれば偽善に近いが、議決権が大きい種類株を創業者に割り当てることで、ほかの株主がいくら頑張っても議案を可決できるだけの) 議決権を持てないようにし、「モノ言う株主」にモノを言わせない仕組みにしている。それによって従業員による長期的な技術革新を促し、純粋な資本主義的にも最も成功した会社の一つになった」
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.282
とりわけパフェットの場合、投資会社という株主資本主義を煮詰めたような存在でありながら、その根幹のはずの投資家の権利をあえて制約しているところが興味深い。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.282
国全体ではもちろん、個人レベルで見ても2022年の平均年収が7万7001ドル(約1千万円)と実質的に世界一の「金持ち国」といえるアメリカ。 し かし、成人10人のうち4人近くが、400ドルの余裕資金すら持たないまま日々を過ごしている。
江渕崇「ボーイング 強欲の代償」p.295
以上、江渕崇「ボーイング 強欲の代償」で特に気になる箇所を引用した。
ボーイング社の問題を掘り下げることでアメリカの病理を、そして世界に蔓延する(もちろん日本も)病理をえぐることに成功している良書。ぜひ御一読をお勧めしたい。
https://www.amazon.co.jp/ボーイング-強欲の代償:連続墜落事故の闇を追う-江渕-崇/dp/4103559810