藤井一至「土と生命の46億年史」感想文
藤井一至「土と生命の46億年史」読了。
相変わらず藤井さんの本は面白い。知らないネタもたくさん盛り込まれていて、知的刺激をたくさん受ける。専門知識のない人にも楽しく読め、専門知識のある人にも「そんなこととつながってるの!」という発見があり、誰にでも面白く読めると思う。オススメ。
私は「へえ、それは知らんかった!」「ここ、面白いな」と思うところには付箋を打つ。前に読ませてもらった藤井さんの本もそうだけど、付箋だらけになった。今後、ときおり引用するのに使わせてもらおう。
土が、ありとあらゆる分野につながっていることが本書でよくわかる。まさに一芸は百芸に通ず。
藤井さんは、土という一芸を突き詰めている間に、土にまつわる様々な知識を得ていったのだろう。一芸を極めていく間に、百芸に通じていく不思議を、本書を読んでいると痛感する。しかもその得られた百芸を、また一芸に注ぎ込んでるのが本書。
恐竜の絶滅や、人類が知性を持つに至る過程で土が関わったなんて、普通は思いつかないストーリー。しかし、土を追うと地球が誕生してから現在に至るまでの歴史で、常に土が関わってきた。その歴史を本書は実に分かりやすくワクワクする形で伝えることに成功している。さすが。
ただ、本書を読む時、一つ引っかかり続けたことがあった。帯にある「『生命』と『土』だけは、人類には作れない」という言葉。確かに本書を読むと分かるように、非常に複雑で多機能な土を作れるか、と言われると、難しい。土はそれだけ複雑で多様なもので、気が遠くなる。ただ。
本書でも、自然の土そのものを完全模倣できなくてもよい、と書かれている。たとえば鳥のように羽ばたく形の飛行機を、人類はまだ開発できていない。しかし飛ぶという機能だけを再現するなら、固定した翼にプロペラかジェットエンジンをつけることにより、飛行機の開発に成功している。
自然の土を完全再現は無理でも、土が備える最小限の機能さえ果たせるものであれば、それは人工土壌と読んで差し支えないのではないか。
そういうものなら、私達は開発している。我々が「土壌化(ソイライゼーション)」と呼んでいる技術だ。
私達が考える、土に不可欠な機能、それは「生ごみや生き物の死骸など(有機物)を肥料として植物を育てることができる」機能だと考えている。言い換えると、生ごみなどの有機物を微生物が分解し、無機養分に変える機能(無機養分生性能)が不可欠。これを達成できる研究グループがかつてはなかった。
土でないものに生ごみを加えると腐る。腐ったところに植物を植えても根が傷み、植物は育たない。基本、植物は有機物そのままだと根に有害で、養分として吸収する前に根がダメージを受けてしまう。土でない場所では有機物は「腐る」から。腐ると植物の根も傷む。この問題をクリアすることができなかった。
NASAは90年代にブレッドボードプロジェクトと銘打って、土なしに生ゴミを無機養分化できないか7年間にわたって研究した。しかしどうしても土でない場所では生ゴミは腐るという問題を解決できなかった。このことは、植物工場で生ゴミのような有機肥料は使えず、化学肥料しか使えない原因にもなった。
私は「腐る」とはなんだろう?という問いから始めた。すると、土の中では起きるはずの二段階の分解(アンモニア化成、硝酸化成)が、土以外の場所では一段階目のアンモニア化成までしか進まないことが「腐る」という現象であることが見えてきた。
では、なぜ土以外の場所では二段階目の硝酸化成が起きないのだろうか?それは、硝酸化成を担う硝化菌という微生物(アンモニア酸化菌、亜硝酸酸化菌)が有機物大嫌いな菌で、生ゴミに触れると死んでしまうという厄介な性質を備えていたからだった。
ところが不思議なことに、土の中の硝化菌は生ゴミなどの有機物が入っていても平気。二段階目の硝酸化成が進み、有機物は無機養分という肥料に変わり、植物が育つことができる。土を人工的に創れない決定的な要因、それは「土以外の場所だと硝化菌は有機物に触れて死んでしまう」であった。
そこで私は、土以外の場所でも、有機物で硝化菌が死なずに済む培養法を開発することにした。NASAもこの問題には気がついていて、一段階目のアンモニア化成で有機物をできるだけ分解してから硝化菌に与えることで、硝化菌のダメージを減らそうとした。しかし硝化菌はわずかに残る有機物で死んでしまう。
私は発想を転換することにした。土の中だと硝化菌が有機物に触れても死なないで済むのは、他の微生物に守られているからではないか?そう仮説を立て、それまでの研究者が、微生物をバラバラに分けて純粋培養しようとしてきたのとは逆に、いろんな微生物を混ぜて培養(共培養)してみた。
すると、それまで不可能とされていた、水中で有機物を無機養分にまで分解することに成功した。土の中で起きる二段階の分解(アンモニア化成、硝酸化成)が水の中でも進行し、有機物を水の中に投入しながら植物を栽培することに成功した。有機質肥料活用型養液栽培(プロバイオポニックス)という。
こうして培養した微生物を、炭や人工樹脂など、本来土ではあり得ないものにくっつけると、生ゴミを与えながら植物を育てることができるように。あたかもそれらが土であるかのように。我々はこの技術を土壌創生技術と呼んでいる。
微生物源は土でかまわないため、土の微生物をワンセット住まわせることが可能。これまで、土の微生物は土以外の場所に移せないし、土以外の場所で培養できなかったけど、私の開発した培養法(並行複式無機化法)なら、水の中でも土でない場所でも土の微生物を住まわせることができる。
しかも、土にしかできなかった機能「生ゴミなどの有機物を与えて植物を育てる機能」(無機養分生性能)を再現することができる。
われわれのグループでは、わずか2週間で月や火星の砂礫(レゴリス)に微生物をくっつけて土に変え、生ゴミで植物を育てる技術も開発している。
この技術で植物を育て続ければ、冒頭の藤井氏の本でも出てきた腐植も増えていくことだろう。土のスターター技術としては、十分な機能を備えていると自負している。
藤井さんの本に私達の技術が紹介されていないかなあ、と少し期待していたけど、残念ながらそれはなかった(笑)
まあ、土の専門家からしたら、アンモニア化成と硝酸化成という2反応だけを再現しただけなら、土とはまだ呼べないという感覚かもしれない。本書を読めば、いかに土は複雑怪奇なものかよくわかるから、2反応だけで土を定義するのは確かに単純過ぎるかも。
今後、本書を参考にしながら、アンモニア化成、硝酸化成の2反応だけでなく、土が備える様々な機能を付加していこうと思う。そのためのヒントが本書には盛りだくさんであった。大変興味深い本、藤井さん、ありがとうございました!