「身体知」がなぜ必要なのか

私が「身体知」を重視するのには理由がある。少し言語化を試みてみたい。
私は今、農村に住んでいるのだけど、農家の方の能力に驚かされっぱなし。特に85歳以上の世代の「身体知」は際立つ。

我が家には邪魔な庭岩があった。押してもビクともしない。業者に頼むしかないか・・・と悩んでいた。

すると、お向かいの農家の方が2つの棒を持ってきて、その巨岩をヒョイヒョイと希望する場所まで動かしてしまった!テコの原理を使うのだけど、私と弟が見よう見まねで動かそうとしてもビクともしない。その方の言うには「この巨岩の重心はこのあたりにある。力をそこに向けてかけねばならない」。

「テコの原理やねんから、地面に置いた棒を軸としたら、岩にかかる棒は短く、わしらが押す棒は長くとらなテコは利かん」と言われた。なるほどそう教わってやってみると、少し動いたが、その農家さんが大して力もかけずにヒョイヒョイと巨岩を動かすのを見て、「身体知」の違いを見せつけられた。

私の弟は陶芸をしてることもあり、チェーンソーで材木切るのはお手の物。それでも立木を切るのは怖くてできないという。我が家に大きくなりすぎてジャマになったミカンの木があり、やはりお向かいの方が「切ってやろう」と言って下さった。やはり立木を切るのは危険がともなうので慎重さが必要という。

私は、テレビなんかで木こりの方がチェーンソーでいきなり切るのを見ていたから、そうするのかと思いきや、その農家さんはロープを使って特定の方向に倒れやすくなるように工夫した。チェーンソーの刃を入れるのにも、なぜこの方向から切るのか、理由を説明してくれた。

一つ一つの動作に「身体知」が含まれており、本を読んできただけ、映像を見たことがあるだけだと思いつかないものがこんなにもあるのだな、と感心しきりだった。
その方はとても勉強家で、私が野菜の病気の研究をしてると聞いてよく質問しにこられた。しかし当時で80歳越してネット検索しており、

私が教えられるようなことは何もなかった。
その方が農業日誌を毎日つけてるというので見せてもらったことがある。その人は「わし、コメをまだ50回ほどしか栽培したことないねん。毎年違うトラブルが起きる。勉強ばっかりや」と発言して、またもや驚かされた。その方は腕の優れた方なのに。

我が家で、庭に水やりできるように水道工事を業者に頼んだ。するとお向かいの農家さんが手伝いを無料で買って出た。なぜ?と聞くと「やり方を見て技術を学び、自分で工事できるようになりたいから」。もう、向学心のカタマリで、こんなふうに年を取りたいと心から思った。

そのお隣さんも農家なのだけど、ある日、丸太を下からチェーンソーでえぐっていた。何を作ってるんですか?と聞くと、ミツバチの巣を手作りしてるという。エーッ!丸太を削り出して!?試作したあと、どうも内部が熱くなりすぎると察したその方は、パソコンからファンを取り出し、

適当な太陽電池とつないで、即席の扇風機を作って蜂の巣を冷やす仕組みまで作ってしまった!10年ほど前の話で、すでに80歳を超えていたのに、その柔軟性!あるもので工夫してしまう機転!
こうした、そこに有る物で工夫してどうにかしてしまう「身体知」を、80代後半以上の農家さんは異様に持っている。

なぜかこれが、現在80歳前半以下になると、見かけなくなる。もちろん私みたいな若い(と言っても五十代だけど)者よりはできるんだけど、何も便利な物がなくてもその場で手に入る物だけでなんとかしてしまう知恵は、どうも80代後半以上によく見られるのだけど、それより若いとどんどん減る。

もしかしたらこれは「エネルギー革命」「燃料革命」と関係しているのかもしれない。戦後日本は、急速に石油に燃料が置き換わっていった。それまでは山で木を切り、薪を割らないと燃料は手に入らなかったのに、やがて石炭由来の燃料や、石油によるボイラー、あるいはガスに置き換わった。化石燃料。

化石燃料をほとんど利用しない時代に子供時代を過ごした世代と、化石燃料のおかげで様々な機械を駆使し、便利になっていく時代を過ごした世代で大きな差が生まれたのかもしれない。もちろん私の世代である50代よりはマシなのだけど、燃料革命が起きてから、ガクンと「身体知」が低下し始めた感じ。

ではなぜ今、「身体知」なのか。石油文明、化石燃料によるエネルギー革命の時代が終わりを告げようとしているからだ。
かつて石油を利用し始めた時代は、1のエネルギーを採掘に使用しても、その200倍の石油が採れた。ものすごく効率よく、大量に、安く手に入るエネルギーだった。ところが。

シェールオイルと言われる技術になると、7−10倍程度の石油しか採れない。地中に水を注入して圧力をかけないと石油が採れないから。エネルギーを得る効率が非常に悪化している。もし採掘で消耗するエネルギーの3倍しか石油が採れないなら、もうエネルギーとして利用価値はない。

ガソリンや灯油に加工したり、燃料を必要とする場所に運ぶのにも余分のエネルギーが必要だからだ。効率が3倍を切ると、掘れば掘るほどエネルギーを失う赤字状態になる。この「3倍」という数値に、世界の油田がドンドン近づいている。石油をエネルギーとして使えなくなる時代は、どうやらもう遠くない。

天然ガスや石炭はまだ資源量がある。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに燃料不足に陥っても、ヨーロッパ各国は、一時しのぎで化石燃料の使用を増やしたけど、化石燃料の消費を減らし、自然エネルギーを増やす方針を堅持している。このことからも、どうやら地球温暖化を心配してるのは本心らしい(私は、石油産出国に覇権を握らせない戦略として地球温暖化説を唱えてる可能性が残っていると考えていた)。特に、化石燃料の中でも石油は別格。電気自動車に注目が集まっている現在でも、自動車や船、飛行機等の「輸送機械」のエネルギーは、なんと98%が石油依存。

石油はほんの少量でも大量のエネルギーを抱え(エネルギー密度が高い)、液体だから簡単に送液でき、室温で保管でき、比較的安全に運べる。電気や水素、天然ガス、石炭ではこうした特徴を全て揃えることが難しい。石油は極めて優れたエネルギー。石油を代替するのは容易ではない。

石油をエネルギーとして利用できなくなる時代が、どうやら遠からず来る。他のエネルギーで代替することが難しい時代に突入するだろう。今、私たちが楽しんでいるスマホやネットの世界も、低エネルギーの時代に本当に適応できるのか、予断を許さない。

私はだから、石油がなく、他のエネルギーも今までのようには浪費できない時代に適応した技術を見直す必用を感じている。その一つに、馬耕、牛耕を考えた。ただし昔に戻るのではなく、AIなどともうまく連携した、そして牛馬の性質もうまく噛み合わせたスマート牛耕、スマート馬耕を。

でも、そもそも馬や牛を操れる技術が絶えていれば、牛耕も馬耕も復活させようがない。今の若者で、昔のように牛や馬を操れる人はいないだろう、と思っていた。ところがそれをネットで書いたら、合田真さんから「スマート馬耕を研究しようとしている」と連絡が!

新潟県まつだいに行くと、岩間敬さんという馬耕の天才がいた。最初、日本でわずかに生き残っていた馬搬技術を、現在90歳になろうという人に弟子入りして学んだという。誰も馬搬に目を向けなかった時代に!岩間さんは馬に関する天才で、競馬のJRAもその実力を認める人物。まさかそんな人がいるとは!

その驚きが冷めやらぬうちに、西粟倉村に講演に。すると、エーゼロの牧さんから熱田安武さんをご紹介頂いた。熱田さんは野遊び、川遊びの天才。山の地形、川の構造を瞬時に読み取り、どこにどんな生き物がいるのかを察知し、それらの生き物を捉えるにはどうしたらよいのかを熟知する。まだ40代なのに。

聞くと、現在80代後半以上の世代の人達に片っ端から弟子入りしたという。猟師、ハチ追いのプロ、木こり、ウナギの職人、漁師、養蜂家、などなど。枚挙に暇がないくらい。自然の恵みを知り尽くし、どうしたら得られ、そしてそれらがどうやったら増えるのかも熟知している。現代日本にそんな若者がいたとは!

現代社会は、石油エネルギーに大きく依存して、それに甘える形で食料を得てきた。コメなどは1kcal得るのに2.6kcalの石油を燃やしている勘定。今の農業生産は、石油を食料に変換することによって成り立っていると言って過言ではない。

しかし石油がエネルギーとして役に立たない時代に突入しようという今、いかに自然資源を豊かにし、そのおこぼれを人間がもらえるような仕組みに変えるかを考えねばならない。しかし自然の恵みをいかに増やすのか、その恵みをどう得るのか、その知恵は80代後半の世代以降では、事実上断絶していると私は思っていた。

しかし熱田さんが奇跡的に受け継いでいた!それも、80代後半以上の世代の方々の知恵を一身に引き継ぐ形で!しかもそれを、何も知らない私のようなド素人にもわかりやすく伝える言語化能力も備えて!そこに牧さんや道端さんなどが名フォロワーとして、知見を広げようという形で!

岩間さんや熱田さんが引き継いだ「身体知」は、そうは言っても言語化しにくい。現場で指導を受けてようやくその凄さを痛感するという類のもの。それでも、これを、私のようなヘタな者でもヘタなりに引き継ぐ部分があれば、次の時代を生き残れる確率は上がる。

私は、次の時代は、生態系を豊かに、生命をできる限り豊かにし、その恵みの一部を頂く形で人類は生きていくことを模索していく必要があると考えている。そのためには、自然との向き合い方を知り、自然を豊かにし、そこから恵みを得る知恵が必要。そのためには、「身体知」を鍛える必要がある。

私達は、石油漬けのエネルギー革命を経てから、「身体知」のほとんどを失ってしまった。しかし、岩間さんや熱田さんがギリギリ引き継いでくれていた。そして、それぞれ合田さんや牧さん、道端さん等の名フォロワーがついて、それを広めようともしている。次の時代の希望が残されている。

石油がエネルギーとして十分活用できなくなったとき、身体知は生きていくうえでどうしても必要となるだろう。それを再生させていくことがこれからの時代に求められる。今年はそれらの人たちと出会えて、本当にワクワクする事ができた。私自身も、限界はあるものの、身体知を見直していきたい。

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