「感覚過敏」に気づくことの難しさ~聴覚過敏・大人の場合~
前回、こちらの記事で書いた「音のフィルター機能」。
子どもはもちろんのこと、大人も自ら気づけることは少ないようです。
今回は成人のケースを紹介したいと思います。
さて、多くの人は、ワイワイガヤガヤした場所でも話したい相手と会話ができます。それは、その相手の声だけを抽出して聞きとる「音のフィルター機能」が備わっているからです。
しかし、おそらく小さい頃からその機能が全くなかったのでは…と思われる方(B氏)とお話しする機会がありました。今回、B氏の了解をえられましたので、その時のエピソードから紹介したいと思います。
B氏は仕事関係でお会いした、52歳の男性です。ふとした話題「家よりもカフェで仕事や勉強する方がはかどるタイプの人っていますよね」の延長から「自分は本当に集中力がないから、できないタイプ。騒がしいカフェで仕事や勉強に集中できる人って本当にすごい。自分は、隣の席に座ってる人達の話の内容によっては気分が悪くなることもあるので、一人で来ている人の隣にしか座らないようにしている。人通りが多い入口やレジもうるさくて無理なので、遠い席を選んで座るようにしているんです。」と話されました。
B氏は、決して人の話を盗み聞きするような人ではありません。隣の席のご婦人グループやカップルの話に聞き耳を立てているわけでもないのに「話の内容を理解できる」くらい明瞭に聞こえてきてしまうのだそうです。
この話を聞いたとき、私の中に心理士としての職業病が出てきてしまいました。B氏は私の職業についての理解が深い方だというのもあり、思いきって、
「多くの人は、自分には関係がない音はシャットアウトできるものなんですが、Bさんには、生まれつき、そのフィルター機能が弱いのかもしれません」
と伝えてみました。
B氏は「え?どういうことですか?」
と驚かれましたが、私の話を聞くうちに「そういえば…」と、色々な「思いあたる」エピソードを話してくださいました。
・よく人から聞き返しが多いと言われる
・昔から勉強するときはイヤホンで音楽を聞きながらしていた
・人の話を聞きながらメモをとるのが苦手。ただ、ヘッドフォンをつけての文字起こしは得意なので、記憶力が悪いわけではないと思っていたが、文字起こしはヘッドフォンをつけることで他の音が遮断されるから、得意なのかもしれない、と、今、話しながら思った。
・会議などで人の話を聞くのは「ものすごく集中力がいること」なので、社会人になりたてのころは、昼休みには必ず昼寝をしていた。でも他の人は昼寝なんてしなくても平気にしているので、みんなの体力がうらやましかった。
など。
小さい頃からお勉強ができる方だったようで、立派な企業に就職されていますが、こういったご自分の「集中力のなさ」を補うために、さまざまな努力や工夫をしてこられたようです。
私とその話をしている途中にも、突然、入口の方を振りかえって見られます。私はB氏との話に集中しているので「?」という感じです。その私の様子を察して、
B氏「先生(私のこと)には、今も私の声しか聞こえていないのですか?私は自動ドアが開く音が聞こえたので気になって振りかえったんですけど、先生はそういう音は気にならないんですか?」
私「ええ、全然。」
B氏「へぇー!これも、みんなには聞こえないのか!」
私「正確には、音として耳に入ってきてはいるのでしょうが、意識すべき情報ではないので意味がある音としてとらえていないというか、聞こえてこないというか。」
B氏「他の人のしゃべり声とかも?」
私「今、お話ししているBさん以外の人の声は聞こえてきません。自動ドアの音と同じような扱いですね。」
B氏の聞こえ方の事情を知らない人には
「集中力がない人」
「私との話の最中なのに、失礼な人」
「人の話、聞いてます?」
「誰か来るのを待ってるのかな?」
とか。
私のような専門職だと「視覚優位な人なのかな?」などと見えてしまうかもしれません。
この日、「目からウロコです」と何度もおっしゃっていたいたB氏から、後日、連絡がありました。
「先生からのアドバイスで、人と会う時に耳栓をするようにしたら、すごくいいんです!相手の話がよく(頭に)入ってくるし、何よりも気持ちが穏やかでいられるようになりました」。
さらには「人と会ったり、会議をしたり、(耳の)集中力を使った日は疲れてしまって、帰ったら寝落ちするような日が多かったのですが、それが減りました。疲れにくくなったんです。それにしても他の人と音の聞こえ方が違ったとは。未だに目からウロコが落ちまくっています」と報告して下さいました。
耳栓は百均のものだけど、快適だそうです。これがダメならノイズキャンセリングイヤホンを買ってみようと思っているとのことですが、彼の場合はこのまま耳栓でいけるのかもしれません。
よかった、よかった。
というように、B氏の場合は、たまたまそういう知識がある私と、たまたまそういう話題になって話を深めることできた流れで、50歳をすぎて初めて自分の聴覚の特徴に気づかれることとなりました。
ですが、生まれつき感覚の問題を抱えている人にとっては、その状態(B氏で言うと、周囲の音がすべて同じボリュームで聞こえていること)が当たり前なので「人との違い」に気づくことができません。
そもそも「他の人はそうではない」ことを知らないので、気づくも何もない。ということになるのですが。
B氏とお話をして、私は自分の親が白内障の手術をした後に言っていたことを思いだしました。「病院から出て『空ってこんなに青かったのか』と思った。もうずっと、青がくすんだような色の空しか見ていなかったので、大気汚染が進んだからだと憂いていた」。
ついでに、自分が着ていた服の色に驚いていました。「なにこれ、オレンジに近い茶色じゃないか!もっと落ちついたこげ茶色のセーターだと思っていた。私はずっとこんな色の服を着てたのか?!」とも。
手術前後で見えかたが変わったことにより、「今までみんなとは、見えているものが違った」と気づくことができたということです。
このように、大人の場合は自分の「聞こえ方」「見え方」などを言語化できますし、今回のように話題にする機会があれば、私達にわかるように教えて下さることが可能です。
周りの人が知識を持っていることって、大切ですね。