仏教の教員を辞めた話⑥~閑話休題 どういう働き方が理想か~

このシリーズでは仏教の学校で教員として働いていた自分が、どうして仏教の教師をやめたのか、そして独立するまでと、これからについて書いている。

前回、1校目の京都の学校、2校目の大阪の学校での話を書いてきた。ここまで、ずっとどんな問題があり、なぜ辞めたのかを書いてきた。それは愚痴っぽい話になりがちだった。

自分は、若くてどういう働き方が良いのか。働くとは何かも全く分かっていなかった。自分の周りの社会が与える働くのイメージのみに頼って「自分も働きゃなきゃ」とだけ思って働いてきた。

でも、何年か働いて自分はようやく、自分に合った働き方をしていいんだ。心身を壊してまで働く必要ないし、生き方や働き方に正解なんてないと思えるようになった。(もちろんまだ試行錯誤・学びの途中である)

そこで、今回、今までのまとめとしてでは、どういう働き方なら自分は出来るのか?めちゃめちゃ理想的な話をしてみたい。理想論の働きかたを示してみたいと思うのである。たとえそれが全部実現しなくても、自分の現時点での理想はどこにあるかを検討しておくことは大切だと思うのだ。


⑴一番の幸せは?

生き方を考えるうえで、一番の極端から考えて行くのが良いのではないか?極端な理想から、徐々に現実や使命・やるべきことを加味して納得できる答えを導いていく。そのように自分の働きかたの理想を検討していきたい。

極端な考え方として全く働かなくていい、お金も十分にあるとしたら自分は何をしていたいだろうか?何をするのが幸せか?

↓↓↓


①浄土真宗の勉強をする。

②聖典を読む。

③法話を聞く。

④法話をする。

⑤仏教についての本を書く。

⑥仏教を漫画にする。

⑦仏教の先生にインタビューに行く。

はい、もうすべて、仏教に関る事でした。しかも、自分一人で引きこもって仏教の勉強が出来たら自分としてはかなり理想なようです。(①、②、⑤、⑥)は一人でもできる事。

その一方で、他者との関わりも必要と感じていて、それは主に、求道している人ともっと関わりたいということです。そして、出来れば先生ともっと話したい、話を聞きたいという事です。自分が、人に伝えたいという願いもあります。(③、④、⑦)


⑵使命感

ではつぎに、単にやりたい事ではなくて、これをしなければいけないという使命を持っていることを書いてみたいと思います。

①社会問題に関わる。(得に、脱原発の活動、環境問題などは僕らの世代が取り組まないと、のちの世代に大きな損失を与えることになる)

②政治問題への取り組み。(立憲主義、人権が奪われようとしている。こうしたことは許されないし、これも後の世代の為に先人が必死で守ってきた憲法9条などを中心に守らなければならないと感じる)

③仏教の伝統を引き継ぐ。(これも本当の仏教がどんどん分からなくなっていっていると感じる。仏教が完全に資本主義に飲み込まれようとしている。僕が多くの先人から、仏教を伝えてもらったように、正しい教えを残していく努力。聴聞の文化を残し続ける努力。また自分がちゃんと正しい教えを理解し、伝えられる人に成る必要もある)

④教育分野に関わりたい。(自分自身多くの先生にお世話になって救われた。未来ある若い人の力になりたい)


あれ、意外と使命感がすくない、どうしてもやらなきゃいけないなぁと感じているのは、この程度だ。漫画を描くというのも、実は自分の中で絶対ではない。漫画でなくても、僕が大事だと思っていることは伝わるのかもしれない。聴聞(ちょうもん)によって。

いままで、やって来た教員の所に話を戻したい。仏教の教員の仕事は授業自体は最高に楽しかったし、授業だけなら何年でもできると思った。ではどういう、学校だったら働きたいか、その事を考えてみたい。

①一つ一つの授業に十分に準備時間をかけることができる。(具体的には週に1~2種類くらいの新しい授業を作るくらいのペースなら十分いい授業が出来ると感じる。)

②急に入った仕事で自分の時間を奪われすぎない。(教員をやっていてつらかったのは、生徒指導や、広報の仕事、事務作業などにより、予定していたことができない。しかも新たに発生した仕事は一切給与に換算されないということだった。それも辛いと思った。予定していたことが全くできない。私は出来るだけ、予定を崩されずに仕事をしたい。だから、事務員とかが多く居て、事務仕事などは誰かがやってくれるそういう環境だと上手くやれると思う。)

③その学校の理念が人が伸び伸び育っていく事を推奨している。

④理念や理想が仏教に基づいている。(その仏教と言うのは、世間の価値観の延長の仏教ではない。ちゃんと、仏陀・釈尊や親鸞の教えを正しく理解しようとしている学校かどうかというのが大きい。)

⑤去りたいと思ったときにいつでも去れる。辞めようとしたらハラスメントをされない。

⑥拘束時間が少ない。できればきっちり8時間以内に収まって欲しい。残業なし。

⑦プライベートの時は仕事の事を考えなくていい。(教師の仕事をしているとき、予習が間に合わず、仕事が終わっても常に授業準備などに追われていた。こうしたこともとても辛かった。)

⑧部活など、本来の業務以外の事をさせられない。

このくらいかもしれない。つまり私は、1つの事に十分時間をかけられるということを大事にしたいと思っている。

さて、これらを実現できる学校はかなり少ない。しかし、今は非常勤講師という働き方ならばこうしたことをある程度カバーできるのではないかと思っている。

あとは、フリーで法話をする布教使のような生き方だ。

まだ、発見されていない新たな布教のジャンルがあるような気がする。そこを掘りだしてみたい。

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