脳内モデル(2) 低雑音環境の重要性
FIT2012に査読を申し込む
2012年9月に東京・小金井市にある法政大学で開催された第11回情報科学技術フォーラム(FIT2012)が投稿論文の査読をしてくれるというので、僕は8ページの論文を作成して投稿した。研究をひとりよがりにしないためにも、査読してもらえるチャンスを生かそうと思ったのだ。「情報理論における雑音因子-生命体と意識のオートマトンが生まれる環境」というタイトルで、デジタルシステムの論理回路について検討し、なぜ生命体は自動的に複雑化していくのかを考えた。
アナログ通信は物理量を送受信する。回線雑音によって信号が歪むと、混ざった雑音歪は除去できない。通信を何度も繰り返すと、雑音が畳み重なって大きくなり、通信ができなくなる。(伝言ゲームがそれ)
一方、デジタル通信は論理値を送受信する。回線雑音の影響で信号誤りはおこりえるが、歪むことはない。たとえば、0と1を送った場合、0が1に誤ることはあっても、0.7とか1/3になることは絶対にない。そこで送信前に確かめ算をしておいて、その確かめ算の結果も一緒に送ると、受け手は自力で回線上でおきた誤りを訂正でき、1信号の誤りもないデータを手にすることができる。この1信号の誤りもない情報を、受信側の低雑音環境に構築された精密な論理回路に投入すると、複雑かつ繊細なプロトコルスイッチで作用する信号処理経路の連鎖反応によって、複雑な意味が生まれる。これがデジタルの最大の特徴である。
真核細胞の核、パソコンのマザーボード上で空冷装置のついたCPU、血液脳関門で守られた脳室系など、外界の雑音の影響を受けにくい低雑音環境がデジタルには不可欠である。通信理論の古典ともいえる信号対雑音比の考え方に従うと、雑音レベルが10分の1、100分の1になったとき、処理のダイナミックさは10倍、100倍になる余地が生まれる。低雑音環境をもった生命体は、それまでとは桁違いに複雑な処理ができるようになるのだ。
フォン・ノイマンは、生命の複雑進化を解明するために、オートマトン理論を提唱し、情報理論が完成したら、それは論理学と熱力学によって構成されるだろうと予言している。僕は、これまで熱力学を排除してきた情報理論の研究家に対し、熱力学的(=雑音)を取り入れた情報理論を考えてみようと試みたのだ。
査読期間が経過し、どんなコメントをもらえるのだろうと期待して待っていたところ、「カテゴリーが違う」ということで論文は査読されないまま突き返されてきた。非常に残念なことだった。せっかく8ページを費やして丁寧に検討したのにと、がっかりした。しかしこんなことでメゲてはいけない。学会事務局と交渉して、査読のために追加した6ページ分の論文掲載料(18,000円)を免除してもらい、気を取り直して発表の準備に移った。
BIWO (お台場生命情報週間)
2012年10月30日から11月2日まで開催された(独)産業技術総合研究所の生命情報工学研究センターの「お台場生命情報週刊(Bio-Informatic Week in Odaiba)」ポスターセッションも一般参加できたので、「概念と文法の分子構造についての仮説」を発表した。
発表の中で、脳内の長期記憶として言語記憶と五官記憶があるとして、それぞれがネットワークするための要求解析を表にまとめた。ポスター発表は、2時間近く、自分のポスターの前に立って、来訪者一人一人に説明するのだが、「よく一人でここまでやりましたね」と珍しく初対面の方から褒めてもらった。別の方からは「ネットワーク要求解析は非常によい。」とコメントいただいた。
ネットワーク要求解析とは、脳脊髄液中を浮遊しているBリンパ球と、大脳皮質のマイクログリアがネットワークするとして、あと何があれば、言語処理ができ、意識が生まれるかと考える。どの機能が足りないのか。どんな仕事をする神経細胞が、どこに存在したら、意識のネットワークが生まれるかを特定し、生体組織内でその細胞を探すのだ。
このネットワーク要求解析という、やや大雑把で大胆なシステム工学的手法から、思いもしなかったブレークスルーが生まれることになる。