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おしゃべり好きなハダカデバネズミ

 僕はハダカ化と言語進化の関係を検証したいと思い、東アフリカのサバンナ地帯の地下にトンネル網を掘りめぐらして生活するハダカデバネズミの生態を調べた。上野動物園で聞いた飼育係の話によれば、ハダカデバネズミは、体毛が薄いだけでなく、子ども期間が長い晩成性という特徴をもち、寿命も長い(30年生きるらしい)。一匹の女王に統率され、育児係や戦闘員などの分業体制がある。同じ種類であっても、共同体が違うと殺し合う。これらは真社会性という特徴で、ヒトと共通だ。

 ヒトとの違いは、ハダカデバネズミは変温動物であり、体温維持のためのカロリーを必要としない。トップ画像のように、お互いに折り重なって(僕には伊勢の赤福餅のようにみえた)暖め合う。また低酸素状態が続いても、長い時間持ちこたえることができる。

 いろいろ検索すると、「ハダカデバネズミの生物学」という英語の学術書に出会った。慶応義塾大学の日吉図書館に蔵書されていたので、閲覧させていただいた。リチャード・アレキサンダーによれば、晩成性は予想もしない進化を生み出す。「外部からの敵対的な力から自身を守る必要から免れたとき,子供の組織はカロリーの大部分をよりよい大人になるために振り向ける」からだ。(Alexander 1991) ヒトの赤ちゃんも、「三つ子の魂百まで」、「寝る子は育つ」ということわざがあるように、幼少期の教育がとても大切であり、静かな安心できる環境でゆっくりぐっすりと眠ることが大切だ。

   上野動物園で聞いた話だが、まっ暗な地下トンネルのなかを、あちこちせっせと移動するハダカデバネズミは、常に鳴き声を出すことで、衝突を避ける。トンネルのなかでは、自分と相手の声の周波数をくらべて、声の低いほうが体が大きいので上をまたぎ、声の高い小さい方が下をくぐる。低いほうが一回鳴き、高いほうは複数回鳴くというのは、敬語をわきまえているようだ。

 「ハダカデバネズミの生物学」のなかに「ハダカデバネズミの発声」(Pepper et al. 1991)という章があった。「ハダカデバネズミはよく鳴く。…..それが大きく複雑な音声レパートリーをもつことは驚くに値しない」と書いている。洞窟進化説としては、ヒトと似た生活をしているハダカデバネズミは、大型霊長類よりも音声記号数が多く、もしかしたら200くらい言葉をもっているのではないかと僕は勝手に期待して読んでみた。

 ところが実際に読んでみると、記号の数は17しかない。そのうち声を出すのが11、出さないのが6。大人が12、子どもが5。ハダカデバネズミは、上り調子、下り調子、V型、逆V型などの音声パターンを記号として使っているので、たくさん記号をつくることはできない。そしてコミュニケーションとしては、同じ記号を繰り返す。たとえば、「1秒に3回の割合で、ひと鳴きが1から3秒間」、「1秒に2回を、0.5秒から10秒あけて、ひと鳴きが17から18回」という具合に。

 複雑なレパートリーがこの程度かと驚き、あてが外れてがっかりした。この17という数字は、地上で生活するダマラランドデバネズミも同じだった。洞窟に住んだおかげで言語が生まれたとする洞窟進化説は、間違っていた、またしてもMISTAKEだった。

 しかし、いつもながら、このガッカリ感が新たな発見を生みだすのだ。次の瞬間、頭のなかに、知育玩具のひらがな積み木セットが思い浮かんだ。ひらがなを組合わせると、「あさ」、「あし」、「あす」、「あせ」、「あそ」、「かさ」、「ささ」のように音節(母音アクセントを1つだけ含む音韻単位)が順列することでたくさんの言葉を生みだせる。日本語には112の音節がある。ざっと見積もって、音節を2つ使うと100の2乗で1万、3つ使うと100の3乗で100万の、独特の(ユニークな)言葉を生み出すことができる。桁(digit)数に応じて生みだせる言葉の数が指数関数的に増えていく。

 これって、デジタル(digital)っていうこと? ハダカデバネズミはアナログで、ヒトの言語はデジタルということか? 言語進化の最重要要因は、洞窟環境ではなく、デジタルということ?
  
 そうか、デジタルか。だとすれば、デジタルの専門家に後はお任せすればいいんだ。僕の研究はこれで終わる。そう思っていた。



トップ画像は、上野動物園で飼育されているハダカデバネズミ(著者撮影)

 
Alexander, Richard D. “Some Unanswered Questions about Naked Mole-Rats.” The Biology of the Naked Mole-Rat, edited by PAUL W. SHERMAN et al., Princeton University Press, 1991, pp. 446–66.

Pepper, John W., et al. “Vocalizations of the Naked Mole-Rat.” The Biology of the Naked Mole-Rat, edited by PAUL W. SHERMAN et al., Princeton University Press, 1991, pp. 243–74. 


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